イタリア便り
−トスカーナ夏休編「アグリツーリズモ」−
国別奨学生第3号 上村香織
 イタリアの夏は長い。四季の変化に富んだ日本と違い、4月ごろようやく暖かくなってきたかと思うと突然日差しが強くなり、あっという間に夏が到来する。梅雨がなく、夏にはほとんど雨が降らない(ヨーロッパの雨の時期は冬)うえに、クーラーの普及率が日本に比べて断然に低いイタリアでは、夏に働けというほうが無理だろう。
海水浴場として賑わう近くの海辺

 4月のイースター前後になると、イタリア人の間では夏休をどう過ごすかでもっぱら盛りあがる。企業に勤める会社員でも有給は最低1ヶ月だから、クリスマスに1週間、夏休に3週間まとめて休みをとるのが普通だ。以前は夏休みといえば8月で、8月15日のピーク時を中心にイタリア中が大混雑に陥ったものだが、最近では7月や9月などに予定をずらして休暇をとる人も増えてきた。そのせいか、今年は7月から9月までの週末は電車も高速道路も慢性的に大混雑だったようだ。

 3週間という長い休み、我が家でも毎年どう過ごすかで頭を悩ます。最近では海外に行く人も多いが、海外はお金がかかる上に移動で疲れ果ててしまうことは目に見えている。小さい子供をかかえているから観光で街や美術館をまわるわけにもいかないし。去年までは海辺のキャンプ場でテントを張って過ごしもしたが、1週間のテント生活はイマイチリラックスできないし、、、。いろいろ考えた末、今年はまだ試したことのないイタリアならではの「アグリツーリズモ」に挑戦することにした。

 「アグリツーリズモ」とは農家が、使っていない領地や家屋などを利用して観光客に宿として提供したり、本業である農業の仕事の見学や体験サービスを提供するものだ。1985年以降イタリアで大ブームを巻き起こし、都市生活に疲れた都会の人々の憩い場所として人気が高い。一般に受け入れ先の農家は、果樹園やオリーブオイルやワインの製造、乗馬から家畜をもつ酪農業などさまざまなため、過ごす場所によって違ったサービスをうけることができる。「アグリツーリズモ」を「ファームステイ」と単純にとらえると、なんだか農家でホームステイみたいな印象をうけるが、3食付きのものや、部屋ごとにキッチンのついているアパート形式のものが普通で、小さい子供やペットもつれて肩肘はらずに泊まれる宿、というところ。「至れりつくせり」の用意されたものではなく、昔ながらの生活をしている質素な農家の一室をかりうけて、ゆっくり滞在するという心休まるものなのである。

 さて、このアグリツーリズモ、都市や町での生活から農村の生活に憧れた人々が続々と訪れ人気はうなぎのぼりなのだが、もともとは第一次産業の衰退の進むイタリア(日本同様ですね)で、農業だけではやっていけない多くの農家を救うべく、イタリアの農林水産省より推奨されてできたものなのだ。「アグリツーリズモ」と認められるのは、農家が空いた土地や使わなくなった家畜小屋などを利用し、副業として行う観光サービスのことであり、そのため観光サービスから得る収入が専業である農業の収入を越えないという条件があるのだそうだ。

  1998年に行われたISTATの調査によると、イタリアにおけるアグリツーリズムの数は9718にものぼる。アグリツーリズムはイタリア中に見られるが、中でもボルザーノ、シエナ、ペルージャ、フィレンツェ、グロセットの五つの市が全体の40%を占めている。特にシエナ、フィレンツェ、グロセットはトスカーナ州にあり、この州は世界的にも田園風景の美しさで有名で、ハリウッドの有名人やドイツの金持ちがおおくこの地に別荘をもっているという。今回、私は五番目にアグリツーリズムの多いトスカーナ州グロセット市郊外アルビニアにあるアグリツーリズム「Tre Cerri(トレ・チェッリ−3本のトルコオークの木という意味)」で1週間を過ごした。この近くの海辺はイタリアでも水のきれいなところで、夏になると地元や家族連れの人々の海水浴場としてにぎわう。

フランチェスカさんと筆者


アグリツーリズモ「Tre Cerri」
「Tre Cerri」はその浜辺から4キロほど離れたところにあった。数あるアグリツーリズムの中でどうしてそこを選んだかといえば、主人の親戚がこぞってこの海辺のキャンプ場に泊まることになっていたことと、ギリギリまで夏の予定が決まらず、空いているところがそこしかなかったからだ。こういうとミもフタもないが、小さいながらも質素で快適なこのアグリツーリズモに滞在することによって、経営者の奥様であるフランチェスカさんとの出会い、彼女の人柄に触れることができたのは大変貴重であった。今回はこのアグリツーリズムでの体験と奥様のフランチェスカさんから伺ったお話をしようと思う。
 「Tre Cerri」は、始めてまだ4年と新しく、建物も大変きれいで過ごしやすかった。建物はもともと家畜小屋で牛を飼っていたのだそうだが、経営規模が小さくなって家畜を飼わなくなり、長い間放っておいたものを改築したという。
共同の居間
 「Tre Cerri」は、始めてまだ4年と新しく、建物も大変きれいで過ごしやすかった。建物はもともと家畜小屋で牛を飼っていたのだそうだが、経営規模が小さくなって家畜を飼わなくなり、長い間放っておいたものを改築したという。経営者であるルイージ・ボーニさんは100haの農地を持ち、ひまわりの種や果物の栽培しており、奥さんのフランチェスカさんが農業を手伝う傍らアグリツーリズモの切り盛りをしている。滞在者の部屋や共同台所のそうじ、シーツの交換などが主な仕事だが、他にも滞在者の観光についての質問に親切に答えたりと、やることは多い。アグリツーリズモはサービス業だが、今まで農業だけをしてきた人々にとってはまったく別の仕事だろう。そういう点でいろいろ苦労が多いのではないだろうか、ふとそう思った。「そうですね、決して楽な仕事ではないですね。とくにアグリツーリズモに人が多く訪れる時期というのは、果物の収穫時期と重なっているため、忙しい時期が集中してしまいますからね。」とフランチェスカさんは言う。もともとアグリツーリズモを始めたきっかけは、国から援助が少し出るということもあったが、経営規模が小さくなって、廃屋同然の家畜小屋をそのままにしていても仕方ないと思ったからだそうだ。「私達のように経営規模の小さい農家は、もう専業ではやっていけないのですよ。アグリツーリズモも収入の一つになってしまっているのです。」日本同様、イタリアでも輸入野菜や果物による値段低下におされ、国内農業が危機に瀕している。アグリツーリズムは国による農家への援助政策からはじまったのだという。こんなようなことをフランチェスカさんは淡々と語ってくれた。だが、こんな言葉とは裏腹に彼女の表情は実に暖かった。話していると、彼女からゆったりとした静かなオーラがかもし出ているように思えたが、これはモノを作る人特有のものなのだろうか。

 アグリツーリズモの中には食事がついていたり、経営者のつくった特産品(ワインやオリーブオイルなど)を購入できたりするものもあれば、敷地内に教会があったりして結婚式や披露宴も行なえるほど大規模なものまであるが、この「Tre Cerri」の平屋には客室八部屋と共同の居間、台所だけという大変質素なもので、豪華な「農園暮らし」を夢見る人にはちょっと物足りないものかもしれない。だが、まわりには鶏小屋があり、朝、目がさめると鶏の声がコッコ・コッコと聞こえてくる。庭にでれば、イチジク、桃、洋ナシの木があちこちに植えてあり実がタワワに実っていた。夜ともなれば満天の星が輝き、流れ星があちらこちらに流れている。ベッドはやわらかく部屋もきれいだ。滞在中、朝起きると、台所に籠一杯の桃が置いてあった。誰のだろう、とおもったら、フランチェスカさんが滞在者のためにともぎたてを置いてくれたのだった。一つ桃を手にとって食べてみると、中身はよく締まっていて、甘酸っぱくおいしかった。そんな、ホテル暮らしともキャンプ暮らしとも違う、なんだか子供のころに田舎の祖父祖母に会いにいったときのような心懐かしい感触が私にはとにかく心地よかった。

インターネットリソース

ISTAT政府中央統計局のホームページより「アグリツーリズモ1998年」
http://www.istat.it/Anotizie/Aaltrein/statinbrev/agriturismo98/agriturismo2001.htm
アグリツーリズモに関するホームページ
http://www.agriturismo.com
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