【特別特集】新型コロナに教えられたこと – 命をつなげる

命をつなげる

宮脇  昇子(バベル翻訳専門職大学院生)

 去年の年末に私は、仕事を辞めたいと思いながらも言い出せずにいました。年が明け、幸運なことに新しい仕事に転職する方向になり、三月にはその職場を離れることになりました。名残惜しい気持ちと、新しい生活への不安と期待で過ごす中、コロナのニュースが広がっていきました。初めは日本から始まり、私の住むNYではまだ感染者がいなかったことから、対岸の火事で、まだのんきなものでした。

 それから一ヶ月後にはNYで感染者が爆発的に増加し、外出禁止令が発令されました。初めの頃はまだ余裕でしたが、日に日に深刻さを増し、みんなマスクをつけるようになり、スーパーには行列が出来始めました。パトカーやヘリコプターが順次巡回し、戦時中のような印象でした。当たり前に物が買えた状態から、いきなり、欲しい物がすぐに手に入らない、外に出られないという不便を経験することとなり、それは三ヶ月経った今でも続いています。

 そんな折に、ミネソタ州で白人警官が黒人男性を捕まえる際に死なせてしまい、兼ねてよりくすぶっていた人種問題も爆発しました。コロナで我慢していたものが一気に吹き出たかのように、各地で暴動が起き、私の家の近所では政府発令の夜間外出禁止令のため、誰もいない道に夜通し何台ものパトカーがけたたましく行き交い続け、朝になるとプロテストの叫び声で窓が揺れるようでした。家から出られず、怖い思いをしましたが、今はコロナも暴動も徐々に落ち着きを取り戻し、NY近郊ではレストランの外での営業が許されるようになったりと、徐々に再開に向かっています。

 しかしまだまだ予断を許さないようで、私の職場は七月いっぱいまでは自宅勤務のままで、その後も未定となりました。ツイッターなどのIT大手はこのまま永久的に自宅勤務を継続することになり、コロナが今までの常識を一変させました。

 時代は昭和から令和に移り、働き方も、会社に属するという考えが「昭和的」と言われるようになるのかもしれません。終身雇用制で、男性有利、会社では制服を着て団体の中にまじり、会社のために、社風にあった生活をする、そういった風習は古いと感じる若者もいるはずです。コロナ以前から、会社に正社員として勤めることはせず、ある程度お金が貯まったら旅行する、もしくは、経験を積んだら起業するといった、もっと自由に、個人として人生を切り開いていく人が増えてきていました。

 今回の自宅勤務への移行によって、その傾向はもっと強まるのでは、と感じています。出社せず自宅で勤務することによって、上司の目がないことから、自主性が求められます。今までの、大きな組織の中の小さなネジのひとつという考えから、一人一人が会社を運営している一員との自覚を持って、個性ある人間としてより自由に生き、なおかつお互いを助け合える人がこれからは時代を担っていくのかもしれません。会社側も、社員を縛りつけるのではなく、性別、人種の垣根を越えて、ひとりひとりの才能を応援し、お互いの利益を追求できる関係になれれば、幸福度が上がり、ひいては生産性の向上になるのではないでしょうか。

 災害や病気、対立は残念ながら無くなることはありません。私自身父を3年前に亡くし、今回のコロナで元同僚を亡くしました。死は、空想の世界にあるもののように感じてはおりましたが、現実となって現れ出しました。すると不思議なことに、彼らの生前はお互い別々の人間、別々の人生だったという認識が、いなくなると、おこがましいかもしれませんが、命をつないでいるという感覚が芽生えました。彼らの経験、意思は私の中にあり、ひとつの大きな命としてあり続けると。

 “人間は恋と革命のために生まれてきたのだ”と太宰治は書きました。そうであれば、まさに今のこの時期こそが生きている意味を強く感じられ、新しい未来に大きく動き出す人生のうちの最高の時でしょう。破壊の後には必ず再生が訪れます。ミクロとマクロは実は同じものだといいます。この世界の大きな革命の流れが、一人の人間の中にも起こっていることであり、今まで自分の中に不満のあったことを大きく動かせる好機であると私は感じます。

 コロナで亡くなられた方とそのご遺族、友人の方に哀悼の意を捧げつつ、新しく生まれてくる命と、新しい考え方に思いを馳せずにはいられません。

【プロフィール】
宮脇昇子
香川県出身。2006年に単身渡米し、語学学生から始め、現在はインテリア会社勤務。NYで書道を学び8段を取得したのち、言葉の大切さに気付き、バベル翻訳専門大学院で文芸翻訳を学びつつ、独自の書道で作品制作もしている。