ポストコロナを考える Vol. 2

コロナ恐慌こそ、日本再生のチャンス!?

バベル翻訳専門職大学院(USA) 副学長 堀田都茂樹

‘自己責任論’に騙されるな!!

コロナパンデミック、そして世界大恐慌、生きていて遭遇することが稀有の未曾有の出来事。ここに遭遇した、我々は、今何を考えるべきか、日本という国に住んでいて何を学んだか、日本に住んでいる方のみならず、世界中の人々に共有してほしいことを今回はお伝えします。これは100年前にアメリカが大恐慌から復興した教訓を学ぶことでもあります。

こうした出来事に遭遇すると、国の中枢、政治家、国会議員、御用学者から、こんな言葉が聴かれることが多くあります。

それは、『国民一人一人の自己責任』、国がどうこうする問題ではない。コロナ恐慌で、倒産する企業、破綻する個人、それは自然淘汰で、むしろ、望ましいことかも、と。所謂、新陳代謝論。

これこそ、国の責任を放棄する、在ってはならない発想。

こうした、未曾有の大恐慌の時こそ、国は国民を守る義務があるわけで、その時に、どんな職業についていようと、どんな社会的地位にあろうと、分け隔てなくすべての国民が守られるべきであることは論を待たないところです。これこそ、国の責務。

また、ここで国民一人一人が気付くべきは、国民主権の問題。

政治家、国会議員は、その代理人であること。

日本においてひとり10万円の支給がやっと決められ、ぐずぐずと実行され、いまだに地方でも支給されていない地域もある、という体たらく。アメリカをはじめとする西側先進国ではあっという間に実行された企業、個人への様々な助成金支給。

一方で、ぐずぐずと‘アベノマスク’でお茶をにごし、いつまでも助成金の準備できない日本政府。

挙句の果ては、‘自己責任’、つぶれる奴は勝手につぶれろと言わんばかり。

国民を守るべき国の体をなしていない日本。これを主役である我々国民は、許せないと声を上げる必要があるでしょう。

日本の政治家は約20年、緊縮財政、構造改革、グローバリズムの掛け声で、日本をデフレに追い込み、実質給与を20年以上もマイナスにして、若者が結婚できない状況を創り(少子化の大きな一因)、おまけに消費増税10%、一人当たりGDPも80年代の世界2位の位置から世界26位まで貶め、この恐慌時に国民を守り切れない情けない国家に急転落しようとしていた事実を、強く認識しましょう。

これを敢えて過去形で言ったのは、今回のコロナ恐慌下である変化の兆しがあったからです。それは、先日、決まった第2次補正予算、32兆円(中身は突っ込みどころ満載とはいえ)。やがて、来る第3次、第4次補正予算と、これまで、緊縮財政を金科玉条として、国民を守ることすら渋っていた財務省に操られた安倍政権。

しかし、このゴールデンウイーク中に、地方に戻った国会議員はこのコロナ恐慌で悲鳴をあげている地元に住民につるし上げられて、帰国後の自民党内の会議で、岸田政調会長、西村大臣を追い詰め32兆円(まだまだ国を救うには不十分)を引き出したと言います。

この過程こそ、国民が主権をもつそのシステムが国会議員を通じて機能した、といえるでしょう。

思い出すに、検事総長黒川氏の退任をはじめ、このコロナ恐慌で、まさにショックドクトリンを利用して、自民党、政商の好き勝手を実行し、国を売ってきた政府の化けの皮がはがれたとっても過言ではないでしょう。

インターネットを通じた国民の監視の目が機能してきました。

また、ここまで、国債を70兆以上発行しても、何の破綻もないことがわかった財務省主導の財政運営。政府周辺に跋扈する根拠なき財政破綻論者。円で国債を発行できる日本に、基本的には財政破綻などありえないという事実も今回の件で明らかになりつつあります。

緊縮財政で、公共投資を減らし、国土強靭化を弱め、災害で多くの人命を失い、GDPを減らし続け、中国に圧倒的差をつけられ、国民の給与も20年以上実質は減り続け、やがてどこかの国の属国の勢いで進んでいた日本に、財政破綻がないという事実が今回のコロナ予算で明らかになったわけです。

従って、今回のコロナ恐慌は苦しい試練とは言え、緊縮財政、構造改革(国を金融資本家、政商に売る施策のオンパレード)、グローバリズムから大きく舵をきるいいきっかけとなったと言えませんでしょうか。

私たちはこのコロナ×恐慌という痛みを教訓に、また、素晴らしい強い日本を取り戻す良い機会をもらったのかもしれません。