【シリーズ】翻訳の観点から日本語を再考する vol.2

第二回 日本語が世界を救う、そう思いますか?

バベル翻訳専門職大学院(USA) 副学長 堀田都茂樹

2020年11月22日

今回は、以前執筆した私の原稿内容を題材に、世界中に広がっているバベルの大学院生、修了生、関係者の方々に日本語についての率直な意見を伺いたいと思います。

ここでご紹介する深い話は、カナダのモントリオール大学で25年に渡って日本語を教えてきた金谷武洋氏の「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」(飛鳥新社発行)に収められた体験談に基づくものです。

まず、皆さまはウォーフ・サピアの仮説をご存知でしょうか。

これは、母語、つまり子供の時に家庭で覚えた言葉で、世界の見方が決まる、という仮説です。

ここでは、第2外国語として学ぶ言語も学ぶ人の新しい世界の見方を形づくる、という話です。

では、日本語とはどんな言語なのか、本誌の読者には翻訳者を目指される方が多いので、ここで紹介されている翻訳に関するあるエピソードから始めたいと思います。

NHK教育テレビ「シリーズ日本語」という番組での話です。

番組の講師は言語学者の池上嘉彦氏。この番組の中では、川端康成の有名な作品「雪国」の冒頭部分の日本語とE・サイデンステッカー氏の英語を比較することで日本語の特性、英語の特性を明らかにしようという企画です。

国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった

という日本語とその英訳

The train came out of the long tunnel into the snow country.

を考察しています。

この原文の日本語を追体験すると、「今、列車はトンネルの暗闇の中を走っているが、私はその車内に座っている。おやおや、だんだん窓の外が明るくなってきたぞ。やっと長いトンネルを抜けるみたいだな。そーら、外に出たぞ。うわー、山のこちら側は真っ白の銀世界じゃないか。雪国なんだ。」

すなわち、時間の推移とともに場面が刻々変化していくのを読者が感じていて、主人公が汽車の中にいて読者の視線も主人公の視線と重なり合い、溶け合っていると言うのです。

これに対して、英訳の

The train came out of the long tunnel into the snow country.

は、どのように受け止められるかを、その場に来てもらった英語話者に絵で情景描写をさせています。

全員が上方から見下ろしたアングルでトンネルを描いたと言います。

日本語では汽車の中にあった視点が、英訳では汽車の外、それも上方へと移動しているわけです。

そして、池上氏がこの違いを、日本語には主語がない、しかし英語には主語が必要なので、The trainをもってきたことにより、日本語には時間の推移、流れがある動画だったのが、時間の流れのない一枚の写真のような英語表現になってしまった、と結論づけていました。

このように、日本語の立ち位置では、「私」は話し手には見えなくなると言います。

すなわち、英語のように常に主語を必要とする言語は、状況から身を引き離す役割があると言います。英語は主語(私)と目的語(相手)を切り離して対立する世界にする、と言います。

例えば、広島の平和公園の中の慰霊碑の碑銘に「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と書いてありますが、ここには誰の過ちかは明らかにされていません。

ここには私とあなたが共存し、あたかも敵と味方の共存する姿を暗示しているかのようです。

この著書の中では、さらに身近な「ありがとう」、「おはよう」と言ったことばを探り、日本語の本質に迫ります。

日本語の「ありがとう」には話し手も聞き手も、つまり人間が出てきません。それに対してThank youはI thank you.となります。

日本語の「ありがとう」は「有難う」、すなわち、あることが難しいという形容詞。

「めったにない」という状況を表現しています。従って、著者は、英語は「(誰かが何かを)する言葉」、日本語は「(何らかの状況で)ある言葉」、としています。

また、英語の「Good morning」は、英語の I wish you a good morning. で、わたしが登場し、この朝がいいものであるようにと、積極的な行為を表現しています。

対して日本語の「おはようようございます」は、二人が「まだ早い」という状況で心を合わせているのです。ふたりはそう共感しているわけです。

すなわち、日本語は共感の言葉、英語は自己主張と対立の言葉と言えそうです。

著者は日本人と出会うことで、また、日本語と出会い、日本語の学習を通じて、学習者の世界観が、競争から共同へ、直視から共視へ、抗争から共存へ変わると言います。

日本語という言葉そのものの中に、自己主張にブレーキがかかるような仕組みが潜んでいるのではないかと言います。

一方で、英語話者はListen to me. Let me tell you something. You won’t believe this.
など、上から目線で自己主張してくるわけです。

金谷先生は最後の章を「だから、日本語が世界を平和にする!」と結んでいます。

金谷先生は言います。「海外で長年日本語を教えてきた人間の目で日本語を外から見ると、日本語は大変人気がある。」と。

もはや日本語は日本列島で日本人にしか話されない「閉ざされた言葉」と言うのは間違っていると言います。

そして、日本語学習者の学習動機は、日本のことが好きとのことです。

すなわち、日本の自然、日本の文化、日本人の優しさが評価されているようです。

金谷先生の経験から言うと、日本語を学習すると性格が変わってしまう。攻撃的な性格が温和な性格になると言います。

わたしもバベルの大学院関係者でご主人が日本語が多少ともできる英語話者である場合、もしくは逆に、奥様が日本語が多少ともできる英語話者である場合、喧嘩をしたときに日本語に切り替えると喧嘩は収まることが多いと聞きます。

これが所謂、フランス語で言うtatamiser効果ということなのでしょう。

日本語の学習を通じて、学習者の世界観が、競争から共同、直視から共視、抗争から共存に変わっていくと結んでいます。

日本語は人種差別とは程遠い、最も平和志向が強い、ロマンチックで幸せな美しい言葉と自信をもって言えると金谷先生は言います。

今、世界の文化の潮流は西から東へ、男性性から女性性へ向かっていると言われます。

日本人が日本語を大事にして、日本語を世界に普及していくことが世界に調和をもたらしていくことは疑いようがないように思います。

今回の特集においても、読者の皆様からの感想、意見をいただければと考えております。

寄稿は今号のテーマに限定しなくても結構です。日本語について想うことお聞かせください。