東アジア・ニュースレター Vol.116

海外メディアからみた東アジアと日本 - 2020年8月

前田 高昭
ジャーナリスト
バベル翻訳大学院教授
お申し込みはこちらから

中国は、国際世論を敵に回しても確固として香港の民主派勢力の封じ込めに動いている。メディアによれば、しかも香港の金融センターとしての機能については、中国指導部は本土の経済力を梃子にして慎重に保全する構えをみせている。香港の民主派に対する弾圧は香港安全維持法を制定し、法の支配の原則の下での取り締まりという体裁を整えているが天安門事件の再来を思わせる。警察を前面に出して人民解放軍と本土政府は後方に控えているが、指揮を執っているのは本土の共産党である。その意味で香港は第2の天安門になっていると言えよう。本土化する香港は、今度は中国国内の金融センターとして再生し、やがてアジアのグローバルな国際金融センターとして復活するかもしれない。

米トランプ政権台湾過去最高位の閣僚を派遣して、緊密な米台関係を演出した。これに対し中国は台湾海峡にジェット戦闘機を飛ばすなど反発した。米国は台湾の自国陣営への取り込みを天下に示し、最も敏感な問題で中国を挑発したと言える。こうしたトランプ政権の動きの背景には、香港自治を否定した中国の動きがあり、これに対抗して台湾を国際舞台に復帰させようとする米国の狙いがあるとみられる。

韓国関係では、メディアが米関係者筋のリーク情報として、米国防総省が在韓米軍をめぐり削減を含めた選択肢をホワイトハウスに提示したと報じる。メディアは、部分的にしても朝鮮半島からの米軍撤退は米国の弱さの兆候と世界中で受け止められる可能性があり、費用の節約にもならないと批判。中国と北朝鮮の専制独裁者を喜ばすだけで国内政治上も大統領選で民主党のバイデン候補に塩を送る結果になると指摘し、目先の政治的計算で削減という重大な決定をすべきでないと強調する。

北朝鮮がようやくコロナ感染者の発生を認めた。北朝鮮国営メディアによれば、感染者第1号は韓国から帰還した脱北者だった。このため当局は緊急システムを発動し、かなりの数の人々を隔離し、かつ「全人民キャンペーン」と銘打った反ウイルス運動を展開したと報じる。メディアは北朝鮮の狙いについて、韓国その他の諸国からの援助獲得であり、韓国からの脱北者を最初の感染者としたのは面子を保つためだろうとの専門家の見方を伝える。北朝鮮もいよいよコロナ禍で追い詰められてきたとみられる。

東南アジア関係では、フィリピン・ペソが他の新興国通貨と比べて安定的に推移していると報じられた。要因として、高水準の外貨準備、比較的少ない対外債務、原油輸入国として原油価格急落の恩恵、出稼ぎ労働者による活発な海外送金が挙げられ、安定した経済のためフィリピン建て資産の人気も衰えていないとされる。海外送金が落ち込まない理由として、多くが医療関係従事者であることが挙げられている。

インド社会ではカーストによる差別が依然として根強く残っている。差別は広く宗教界、官僚組織、司法界さらにはジャーナリズムの世界にもみられ、メディアはカースト間の結婚は依然としてきわめてまれだと報じ、居住地域にみられる排斥は米国の人種差別と類似していると指摘する。

主要紙社説・論説欄では、米欧経済の現状と対策を取り上げてその要約を掲載した。コロナ危機で米欧経済は共に大被害を受けたが米国は超党派の合意で、欧州は統合の深化によって大型経済対策を打ち出して克服しようとしている。

北東アジアの経済

中国

香港の本土化を進める習近平―香港は第2の天安門

中国が香港国家安全維持法を制定し、同法を根拠として香港の民主化勢力の本格的な取り締まりに乗り出している。8月3日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「The China Vise Tightens on Hong Kong (日本版記事:【社説】香港の締め付け強める中国)」と題する社説の冒頭で、香港の自由の息吹は中国共産党によって日々押さえつけられていると述べ、議会選挙は延期、反体制派は逮捕され、「雨傘運動」を率いた大学教授は解雇されたと報じる。社説は、香港政府が新型コロナのパンデミック(世界的大流行)を言い訳にして、立法会(議会)議員選挙を1年延期したのは、中国政府が香港の有権者の意志を恐れたためなのは明らかだと指摘。昨年11月の区議会(地方議会)選挙で香港市民の投票数が史上最高に上り、民主派候補らが地滑り的勝利を収めたこと、7月に行われた立法会議員の民主派候補の予備選では、それが非公式のもので香港国家安全維持法に違反する可能性があるとの警告にもかかわらず60万人以上が投票に参加したことなどの事実を挙げる。

社説によれば、7月30日に香港政府は少なくとも12人の民主派候補について、2020年立法会選挙に立候補する資格を取り消した。また7月29日に香港警察は新たな国家安全維持法の下、16歳から21歳までの4人の学生を逮捕した。新法違反に対する最も重い刑は終身刑であり、逮捕の狙いがデモの代償を示して香港市民を脅すことにあることは明白である。さらに当局は、香港の学校における抗議行動を打ち砕き、「愛国教育」を実施するため急速に動いている。また香港大学は14年の民主派による大規模デモ「雨傘運動」を提唱した戴耀廷(ベニー・タイ)准教授を解雇した。

最後にこう報じた社説は、上述のような全ての動きは2047年までの香港の法的自治を約束した1984年の中英協定に違反すると述べ、自由社会としての香港は死滅しつつあり、米国は才能豊かで起業家精神に富んだ750万人の香港市民に対し、グリーンカード(永住権)を認める避難措置を提供し、もろ手を挙げて迎え入れるべきだと提言する。

8月10日付ワシントン・ポストも社説「The world must not let China steamroll Hong Kong (世界は中国による香港弾圧を許すな)」で、中国は香港の伝説的な自由と独立を徐々に終わらせようとしてきたが、今はその努力を加速させていると次のように世界に訴える。

習近平国家主席は、新しい国家安全保障法が整備された今、もはや世論に気兼ねすることなく、香港を中国の独裁的な拘束衣の中に手早く押し込めるべきだと判断したようだ。民主主義のチャンピオンとされる「りんご日報」の黎智英(ジミー・ライ)が逮捕されたのは、それを伝える不安に富んだメッセージだ。しかし勇敢なライ氏(71歳)は、あらんかぎりの派手な方法で連れ去られた。警察はりんご日報の編集室を家宅捜索し、記者の机を通り抜け、25箱のファイルを運び出した。容疑は中国が強引に制定した新しい香港安全維持法の下で終身刑に処せられる「外国勢力との共謀」である。きわめて不当な容疑だが、捜査は報道の自由を葬り去ろうとする当局の決意を示している。報道の自由は、長く香港の宝石とされたものの一つだが、本土の一党支配の下では存在し得ない原則や慣行となってしまった。ライ氏は、衣料産業から身を起こし、りんご日報を香港と中国両政府に敢然と立ち向かう新聞の王者に育てた。

習氏はライ氏を沈黙させようと、新香港安全維持法の広くかつ拙速な適用に動き、同法が控えめに適用されるという印象を払拭した。同法は今や中国のための強力な抑圧手段となった。7月31日、逮捕に加えて香港の林鄭(キャリー・ラム)行政長官は立法会選挙の1年間延期を決定した。表向きには、新コロナウイルスのためとされているが、この選挙によって、中国の厳しさを増す統制に対する深刻な反対が起きると予想されていた。

上記のように報じた社説は、今や中国による1国2制度の順守は幻想となったが、香港市民はここ数年の試練の時を通じて、自由の価値を慈しむ心を繰り返し顕示したと述べ、世界は香港を見捨ててはならず、中国政府の圧政に負けてはならないと強調する。

そのうえで、トランプ大統領が環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱せず、また地域の同盟国を常に軽視せずに支援することにもっと注意を払っていれば、香港危機に際して影響力を発揮できただろうと主張する。しかし、ここ数年間トランプ氏は中国の人権問題に無関心だったとし、最近における大統領選挙の年に特有の中国への批判と制裁の爆発は、中国に対してしてほとんど影響を及ぼさなかったと述べ、自由の島である香港を失うのは民主主義を大切にする人すべてにとって悲しむべきことであり、習主席は陰惨な仕事を自由奔放に進めていると告発する。

他方、7月24日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「China Fortifies Hong Kong’s Role as Financial Powerhouse (日本版記事:金融ハブ香港、さらなる発展狙う中国の思惑とは)」と題する記事で、中国は国内企業の資本調達市場として、香港がさらに巨大なマネー拠点に成長するとみていると概略次のように報じる。

過去最悪のリセッション(景気後退)と新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に見舞われながらも、最近香港では本土企業を中心とする株式売却案件が相次いでいる。外国から多額の資本が流入し、投資銀行には巨額の引受手数料収入をもたらした。香港ハンセン指数は強気相場入りし、売買高も急増している。高額で知られる香港の不動産市場も底堅さが鮮明だ。居住不動産の価格動向を示す主要指標は3月に底入れした後、反政府デモが始まる前の19年初頭の水準に回復した。リフィニティブ(前身はトムソン・ロイターのファイナンシャル&リスク部門)によると、7月16日までの1年間に香港市場では計196件(総額427億米ドル相当)の株式売却案件が実施された。これにはIPOや転換証券、上場企業による増資などが含まれる。このうち本土企業が全体の約6割、金額にして360億米ドル相当(全体の84%)を占めた。

さらに最近では、電子商取引(Eコマース)大手のJDドットコム(京東)やオンラインゲーム大手の網易(ネットイース)など、中国ハイテク大手が香港に上場。香港上場企業の時価総額は5兆2000億米ドルに達し、米国を除くと世界最大級の証券取引所となった。6月末時点で中国本土企業は全体の78%を占めており、比率は10年前の57%から上昇している。

民主化デモの波が香港を覆っていた昨夏、習近平国家主席が率いる中国指導部は、香港の国安法の策定に自ら当たることに決めた。当局幹部は策定過程を通じて、国際金融拠点としての香港の地位を低下させることなく、経済、政治の両面で香港を本土といかに統合させるかという点に腐心した。幹部らは、香港の経済的自由の支柱である法律や政治の構造が変更されたとしても、本土市場の魅力と規模が今後も香港の繁栄を支え、外国投資家を呼び込めると考えているという。6月に上海で開催された経済フォーラムで、劉鶴副首相(経済担当)や証券監督管理委員会(証監会)の易会満主席ら当局幹部は、中央政府が香港への支援を提供すると表明した。易主席は同イベントで「国際金融拠点としての香港の地位はさらに強化される」と訴えた。また、幹部らはクロスボーダーの資金移動がより容易になるよう取り組むと表明。近年では、大規模な資本流出への懸念から改革が足踏みしていたが本腰を入れる構えをみせた。

香港安全維持法が可決される直前に中国金融当局は「ウェルス・マネジメント・コネクト」計画を発表した。これは、香港とマカオの銀行が販売する投資商品を中国広東省9都市の市民が購入でき、かつその逆も相互に可能にするという制度だ。香港政府は声明で「本土に出入りする資本フローの玄関口」としての香港の役割を強めるものだと指摘した。

欧米の銀行はさらに多くの中国ビジネスを獲得するため、投資銀行業務やリサーチ部門などで顧客に直接対応するチームの陣容を固めようとすでに中国人の採用を強化している。モルガン・スタンレーとJPモルガンは、中国生まれ・米国留学経験のあるバンカーを育成し、アジア事業のトップに起用している。そのシフトは緩やかに進んだ。多くの中国人が過去20年に英米の大学で学び、ニューヨークやロンドンで勤務した後にアジアに戻った。こうした人材の多くがグローバル企業で出世し、幹部職候補まで上り詰めた。

香港市民の母国語は広東語だが、専門職では英語が広く使われており、駐在員は何ら障害に直面しなかった。だが、ここにきて標準中国語を好む本土顧客が急増しており、状況が一変している。香港の金融市場では中国と米国という2つの勢力がせめぎ合っている。香港民主派議員の林浩波(ケルビン・ラム)氏はこう指摘する。「米国勢が向こう5~10年に後退すれば、中国勢が市場全体を制圧し、支配することになるだろう」

以上のように中国は国際世論を敵に回してでも確固として香港の民主派勢力の封じ込めに動いている。しかも香港の金融センターとしての機能は本土の経済力を梃子にして、慎重に保全する構えをみせている。このことは最後のウォール・ストリート・ジャーナルが詳細に伝えているとおりである。そうした中国指導部、特に習近平の頭の中には2つの教訓が去来していると思われる。1つは民主勢力の台頭を許した旧ソ連邦、もう一つは民主派を弾圧した天安門事件である。前者はそれによって崩壊に至り、後者はそれによって中国を今日の一党独裁による繁栄に導いた。しかも香港における弾圧は天安門事件の教訓を生かして、法の支配の原則に従う形式を整え、かつ香港政府と警察を前面に出して、あくまで警察による取り締まりの形をとり、人民解放軍と本土政府そして本丸の共産党は後方に控えている。その意味で香港は第2の天安門になっていると言えよう。かくして本土化する香港は、今度は中国国内の金融センターとして再生し、やがてアジアのグローバルな国際金融センターとして復活するかもしれない。

台湾

過去、最高位となる米閣僚が訪台

8月10日、アレックス・アザー米厚生長官が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談した。同日付ワシントン・ポストは、同氏が過去40年間で訪台し総統と会談した最高位の米閣僚だと報じる。同氏は、台湾のコロナウイルス対策を賞賛するとともに安全保障、通商、医療そして共通の価値観の共有の分野において米国の台湾に対する支援を再確認したと伝える。記事はまた、台湾は人口が2300万人で感染者は480人と少なく、こうした台湾の世界的レベルの対応がアザー長官の訪台を促し、米台は10日に疾病管理と薬品開発に関する協定に締結したと報じる。その一方で、同長官の訪台はエスカレートする米中紛争が背景にあるとし、同日に中国は台湾海峡にジェット戦闘機を飛ばして不快感を示したと伝え、さらに次のように報じる。

中国は台湾の世界保健機関のような国際機関への参加や台湾にソブリン的地位を与えるようにみえる国際交流に強く反対している。同長官は、03年のSAAS流行に際しての中国側の透明性欠如を批判し、それにより台湾が傷を負ったことで台湾当局は今回のパンデミックに的確に対応できたと語った。さらにWHOは台湾のオブザーバーとしての役割を否定していると指摘し、中国共産党とWHOは 台湾をWHO総会に含めるべきとする米国の訴えを退けたと批判した。アザー長官一行は時に台湾を「善を促す力」(“a force for good”)と呼んだ。これは米政府がとみに民主的な米同盟国と中国に組みする諸国との亀裂を強調するために用いている表現である。

こうした米側の好意的姿勢に対して、蔡英文総統も同じように対応し、アザー長官とトランプ大統領、ポンペオ国務長官に対して台湾への支持に感謝すると述べ、台湾と米国は共に民主主義がグローバルな挑戦を克服する最善のシステムであることを証明したと強調し、中国を支配する共産党に対抗する姿勢を示した。こうした動きに対して中国外務省の報道官は、米中関係で台湾は最も重要で敏感な問題だと語り、台湾との関係強化を図る米政府に警告を発した。
8月9日付フィナンシャル・タイムズは、アザー長官の訪台は米中衝突の狭間にあって増大する台湾の重要性を示す戦略的変化の予兆だと次のように論じる。

アザー長官の訪台は米台関係の強化を示すが、台湾がエスカレートする米中衝突の主戦場になるという新たなリスクを孕んでいる。米政府は41年前に台湾との外交関係を断絶して以来、公式のものとみえる台湾との接触を一切回避してきた。台湾政府との接触は、実質的な駐台大使館である米台協会(AIT)を通じてのみとし、米政府オフィス内での台湾代表者との会談を禁止してきた。しかし米政治の既存層と世論が反中国に転じると、民主主義の盟友である台湾への対応に改善を求める圧力が高まった。米国は、トランプ政権下でサイバー安全保障、ジェンダー問題、また実質的な課題としては軍事面での接触やハイレベルでの政府間交流などの分野で台湾への関与を深めていった。

2017年以降、米大統領は台湾支援を目的とする6つの法案に署名した。これには台湾向け武器売却の見直しや高官レベルの訪台推進、台湾と外交関係を有する国の維持確保と国際機関への加盟推進などが含まれている。同時に台湾政策に関する米国の厳しい内規も崩れ始める。これは中国にとって政治的にきわめて敏感な問題である。例えば、ポンペオ国務長官とポッティンジャー国家安全保障担当副顧問は注目すべき声明を発した。台湾を世界の善を促す力として称賛し、蔡総統を肩書どおり総統と呼んだのである。最近の法案では、台湾を国とすら記載している。

こうした良好な米台関係に関して懸念を示す米台湾専門家もいる。すなわち一部の専門家は、米政権内部には中国の鼻を明かし、中国に挑戦するのを恐れていないことを示す一つの方法として、台湾との関係改善を考える者がいると懸念を表明する。また米政権は台湾との双務的貿易協定が中国の圧力によって台湾を地域の貿易取引から排除してしまう可能性を真剣に考えておらず、中国のハイテク企業ファーウェイを半導体サプライヤーから締め出し、グローバルサプライチェーンから除外しようとする米国の試みも台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)を抱える台湾を追い詰めていると指摘する。

こう報じた記事は最後に、最も懸念されているのは、トランプ大統領が中国との戦いで台湾を人質に取ることである。しかし同大統領はかつて、台湾は同氏のペン先にも値しない存在だと決めつけたことがあり、気紛れで選挙を3か月後に控えた大統領は深刻なリスクに直面したとき、台湾から手を引くかもしれないと中国政府に思わせる可能性があると専門家は警告していると伝える。

以上のように、トランプ政権は過去最高位の閣僚を派遣して緊密な米台関係を演出した。当然、台湾海峡にジェット戦闘機を飛ばすなど中国は反発した。米国は台湾の自国陣営への取り込みを天下に示し、最も敏感な問題で中国を挑発したと言える。こうしたトランプ政権の真意はいま一つ不明だが、背景に香港自治を否定した中国の動きがあり、これに対抗して台湾を国際舞台に復帰させようとする米国の狙いがあるのも確かであろう。問題は、メディアが指摘するように米中対立が極限まで高まった際にトランプ大統領がどこまで本気に台湾への支援を続けるかであろう。

韓国

在韓米軍の削減を検討する米政府

米国防総省が在韓米軍をめぐり削減を含めた選択肢をホワイトハウスに提示したと7月17日付ウォール・ストリート・ジャーナルは米関係者筋がリークした情報として報じる。記事は、背景としてトランプ大統領が韓国に対し米軍駐留経費の大幅な負担増を求めており、両国の間でつばぜり合いが続いていることがあると示唆する。記事によると、国防総省は縮小の可能性も含めた世界における米軍再編を検討する一環として、韓国に駐留する米軍の在り方を見直しているが、トランプ政権関係者は、在韓米軍を現在の2万8500人から縮小する案の詳細について明らかにせず、縮小に関しては何も決まっていないとしている。

トランプ大統領は先にドイツの駐留米軍を3万4500人から9500人削減することを決め、同盟国の間に動揺が広がった。政権アドバイザーの1人は、米軍撤収の動きが加速する可能性を示唆していた。さらに記事は、元駐ドイツ大使グレネル氏が、米国は「他国の防衛のために過剰な支出をするのに多少うんざりしてきている」とも語ったと伝え、米国と韓国は朝鮮戦争以来、軍事同盟を維持し、米軍の駐留経費を韓国が負担する協定の第1弾を両国は1991年に締結したと述べ、ただし、トランプ氏は一貫して韓国の負担額拡大を求めてきたとコメントとする。

こうした米政府の動きに関してウォール・ストリート・ジャーナルは7月20日付社説「A Trump Retreat From Korea? (日本版記事:【社説】トランプ氏の在韓米軍削減案は最愚策」」で、中国に対して弱腰に映ることになると次のように批判する。

17日、本紙は在韓米軍についてもトランプ氏が同様の措置に踏み切る可能性があると報じた。このリークに交渉のための脅しの意味合いがどの程度含まれているのかは知る由もない。ただ、国家安全保障にかかわるトランプ氏の案としては、昨年アフガンの反政府武装組織「タリバン」をキャンプデービッドの米大統領山荘に招待する案を示して以来最悪のものだ。在韓米軍の戦略上の主目的は北朝鮮に対する防衛だが、米国の安全保障上の利益を守る役割や中国の脅威から友好諸国を守るという米国の決意の強さを周辺地域に示す役割もある。

トランプ氏は、韓国政府が米軍駐留に対して19年に約9億2600万ドルを拠出したにもかかわらず追加の負担を求めている。韓国は年間10億ドルないしそれ以上の負担を求める米国の要求に応じておらず、交渉は暗礁に乗り上げていると伝えられている。トランプ氏は部隊の一部削減を含む選択肢を検討しているが、東アジアの火種である朝鮮半島から部分的にでも米軍を撤退させることは、米国の弱さの兆候と世界中で受け止められる可能性がある。しかも費用の節約にもならない。部隊が帰国しても国防総省は支出する必要があるうえ、危機が発生して部隊を地域に戻す場合、ずっと多くの費用がかかる。

何よりも米国の後退は、地域から米国を追い出したがっている中国の強硬派に対する贈り物になる。部隊削減は米国が衰退しており、もはや信頼できないという彼らの見方を裏付け、同盟関係にある日本と台湾に衝撃を与えるだろう。17日に共和党のベン・サス上院議員(ネブラスカ州選出)は在韓米軍削減の可能性について、はばかることなく批判した。「この戦略的な無能力さはジミー・カーター(元大統領)並みだ。(中略)われわれが駐留部隊と武器弾薬を置いているのは米国民を守るためである。その目的は、中国共産党指導部と北朝鮮国民に圧政をふるう核好きの男に対し、われわれに手を出す前に考えさせることだ」

米国内政治に関して言えば、中国の習近平国家主席に手玉に取られそうなナイーブさを持つジョー・バイデン氏に対抗する選挙戦略として、部隊削減策がなじまないことは明らかだ。バイデン氏は直ちに中国および外交政策に関してトランプ氏より右派となるだろう。そしてバイデン氏は、サス氏のような上院共和党議員の意見を引用し、合意を得られるだろう。

トランプ氏の同盟国に対する無神経な扱い、そして長期的な同盟関係からの離脱をほのめかす言動は、任期2期目に入った場合のリスクの1つだ。北朝鮮の若い独裁者の金正恩氏を別にすれば、在韓米軍の削減は習近平氏をもっとも喜ばせることになるだろう。

8月7日付ブルーブバーグも「Don’t Use U.S. Troops as Bargaining Chips (米軍を交渉材料に使うな)」と題する社説で、国防総省は短期の政治目的からではなく、戦略的配慮をもってアジアにおける足跡を見直すべきだと論じ、国防総省は在韓米軍の削減を提案したと報じられ、エスパー国防長官は何も決まっていないと述べているが、こうした動きは脅迫とみられるのは明らかだと主張する。

社説は、米国がドイツやアフガニスタンからの米軍の移動の示唆や計画を進めていることや在韓米軍の経費負担問題をめぐる米韓の厳しい交渉に触れ、こうした決定を短期の政治的計算、あるいは大統領の気まぐれによって下すことは喩えようもなく危険だと批判し、在韓米軍は核武装した北朝鮮からの攻撃を抑止するだけでなく、重要な同盟国として、最大の貿易相手である中国からの対米関係断絶を迫る甘言や圧力に直接向き合う韓国を力づけるものだと強調する。社説は最後に、在韓米軍は屡々緊張する日韓関係を軍事と情報面での協調を通じて安定させ、また独自の核抑止力の開発を求める韓国政府を宥める意義があると指摘する。

以上のように、まずウォール・ストリート・ジャーナルは、同紙にリークさせた情報が米韓の経費交渉のための脅しの意味合いがどの程度含まれているかは不明としながらも、東アジアの火種である朝鮮半島から部分的にでも米軍を撤退させることは、米国の弱さの兆候と世界中で受け止められる可能性がある懸念を示し、しかも費用の節約にもならないと述べ、中国と北朝鮮の専制独裁者を喜ばすだけだと強調し、返す刀で国内政治上も大統領選で民主党のバイデン候補に塩を送る結果になると指摘する。ブルームバーグも、今回のトランプ政権の動きを韓国に対する脅しだと批判し、在韓米軍の意義を強調して、目先の政治的計算で削減という重大な決定をすべきでないと主張する。メディアが指摘するように、今回の動きは在韓米軍の経費負担問題でしぶとく抵抗する韓国文政権への脅しであるのは明らかである。しかし、この脅しはトランプ大統領の再選が危うい状況では全く功を奏しないだろう。文大統領としては、目前に迫った米大統領選を待てば良いだけだからである。しかも、この米政局の大事な局面でトランプ大統領は敵に塩を送り、自らの墓穴を掘るような最悪の愚策を考えていると言えよう。

北朝鮮

コロナ対策の強化は流行の兆しか

前号で北朝鮮からの脱北者の状況についてお伝えしたが、8月6日付米タイム誌は、最近、北朝鮮メディアがこうした脱北者の1人がコロナウイルスに感染した状態で北朝鮮の開城市に戻り、同国における感染者第1号となったと報じたと伝える。記事は、北朝鮮の国営メディアによれば、北朝鮮は7月下旬に脱北者でコロナ感染者の1人を韓国との国境沿いにある開城市で発見してから最大限の緊急システムを発動し、さらにこれを受けて金正恩委員長は開城市全体の封鎖を命じたと伝える。

記事によれば、外国の専門家は北朝鮮のコロナ感染者ゼロという主張に以前から疑問を持っていたこともあり、このニュースは外部に北朝鮮はコロナの大流行発生を心配しているのではないかとの憶測を呼び起こした。北朝鮮とコロナ発生地である中国との間には抜け穴だらけの長い国境線があり、また北朝鮮は過去において感染症発生を隠した歴史があるからである。

AP通信が入手した北朝鮮の世界保健機構(WHO)あて報告書によると、北朝鮮は開城市に戻った脱北者の最初の接触者64人と第2次接触者3571人を国営施設に40日間隔離したとしている。WHOの北朝鮮担当者のサルバドール氏によると、北朝鮮は感染を疑われている脱北者には検査を実施したが結果は判明していないとしており、同氏は北朝鮮に対して情報共有の強化を促しているという。また同氏によると、北朝鮮の国境線は全て閉鎖されたままで集会も禁止され、マスク着用が義務付けられている。すべての教育機関は幼稚園も含めて夏季休暇が延長されている。昨年末以来、2万5905人を隔離したがこのうち382人が外国人だった。

外部のオブザーバーの多くは、北朝鮮に既にコロナウイルスが入り込んでいると確信している。ソウル所在のウオッチ・グループは、北朝鮮における感染者数と死者数を報告している。北朝鮮の公衆衛生システムは崩壊しており、医療品の供給も不足していることから、感染爆発が起きれば人道的に悲惨な状況になるとみられている。だが、現状がどこまで深刻かはわかっていない。韓国統一院のアナリストのホン・ミン氏は、広範な地域的感染は未だ起きていないが、かなりの数の人が感染している可能性が高いと語り、国を封鎖したとしても感染を疑われるケースは避けられず、当局は積極的に診断しなければならないと語る。

北朝鮮の国営メディアは、最新の反ウイルス運動を「全人民キャンペーン」と表現するプロパガンダに溢れた記事を掲載した。これは金政権の何としても人民の安全を守るという決意を示している。同記事は、個人の不注意やウイルス運動の指針違反は重大な結果を招くと指摘している。また国営メディアは、北朝鮮が医療従事者や衛生関係者、さらに医療品を増やし、拡声器を使って市民に対してウイルスに対する注意を喚起している。開城市には55万個の救済物資を送ったという。

上記のように報じた記事は、こうした北朝鮮の緊急措置は、北朝鮮での感染状況の悪化を物語るかもしれないとの高麗大学医学部キム・シンゴン教授のコメントを伝える。同氏はさらに、北朝鮮は韓国その他の諸国からの援助獲得を狙っているかもしれないと述べ、韓国からの脱北者を最初の感染者とするのは面子を保つためかもしれないと語っていると報じる。ただし、この脱北者は金という名の24歳の男子で、韓国での検査結果は陽性ではなかったとの韓国側情報を最後に伝える。

以上、北朝鮮はようやくコロナ感染者の発生を認めたが、それは韓国から帰還した脱北者だったと発表している。このため北朝鮮は緊急システムを発動し、かなりの数の人々を隔離し、かつ「全人民キャンペーン」と銘打った反ウイルス運動を展開している。これらは全て北朝鮮の国営メディアを通じたプロパガンダとして公表されたとメディアは伝える。北朝鮮の狙いについては、韓国その他の諸国からの援助獲得であり、韓国からの脱北者を最初の感染者としたのは面子を保つためだろうとの専門家の見方は正しいと思われる。北朝鮮もいよいよコロナ禍で追い詰められてきた。

東南アジアほか

フィリピン

ペソは新興国通貨のチャンピオン

7月23日付エコノミスト誌は、フィリピン・ペソは新興国市場のチャンピオ通貨だと評する。フィリピンのコロナ感染はさほどひどくなく、外貨準備は高水準で対外債務は比較的少なく、海外からの送金は活発であり、ペソは浮揚力があると論評する。記事によれば、フィリピン経済の3月における見通しは暗いものだった。熱し易いドゥテルテ大統領は、ルソン島と5500万人の住民に対して、早々に封鎖を宣言していた。フィリピン中央銀行も経済の見通しが1997~98年のアジア通貨危機以来、最悪となると警告を発していた。地域における他の通貨は世界経済と共に沈んでいた。

しかしフィリピン・ペソはなんとか落ち着いていた。今年の新興国市場通貨の中で上向いている一握りの通貨の一つなのである。その活力はフィリピン経済の元気の良さを十分に物語っていた。原油価格の急落で産油国の消費は落ち込んだが、フィリピンにとっては輸入価格が劇的に低下したのだ。フィリピン中央銀行は確かに政策金利を引き下げ、信用の流れを円滑にしようとしている。利下げは、正常時にはペソ安を引き起こすかもしれないが、INGのニコラス・マパ氏は、外国投資家はペソ建て資産が先進諸国と比べるとなお高利であり、またフィリピンは依然として他の新興国市場一般よりも安全な場所とみられることから、同資産を保有し続けていると語る。

一因は、経済を支えている海外からの送金がこれまでのところ極めて好調であることだ。今年に入り4ヶ月間で僅か3%落ち込んだだけである。海外からの送金は、国内経済が弱体化する時期には、むしろ増加することがあり得る。海外に散らばる出稼ぎ労働者が国内からの困窮の声に応えようとするからだ。コンサルタント会社のキャピタル・エコノミクスのガレス・レザーは、フィリピン労働者の多くは医療関係の仕事に従事しており、建設労働者らが失職する中で職を守っていると指摘している。

近年の財政支出も慎重に運営されている。かなり節約的な予算編成と経済の急成長が相俟って、公的債務のGDP比率は2000年代央の70%から2019年には40%以下に低下した。対外債務も経済規模対比でマレーシアやインドネシア、あるいはタイよりも低い。フィリピン中央銀行は外貨準備を930億ドルまで積み上げている。これは記録的な額である。

このように報じた記事は最後に、しかしフィリピンの比較的な安定した経済は恩恵だけをもたらしているわけではないと警告し、それによるペソ高はフィリピンの輸出価格を高め、送金の価値を減少させると主張する。そのうえで、世界経済が下り坂となり、他の新興市場がそれより速く下降するとすれば、フィリピンとしても心安らかではなくなろうと指摘する。

以上、記事はフィリピン・ペソが他の新興国通貨と比べて安定的に推移していると報じ、要因として、高水準の外貨準備、比較的少ない対外債務、原油価格の急落による原油輸入国としての恩恵、そして、とりわけフィリピン人出稼ぎ労働者による活発な本国向け送金、さらに安定した経済のためフィリピン建て資産の人気も衰えていないことなどを挙げる。海外送金が落ち込まないのは、フィリピン労働者の多くが医療関係に従事しているためとされ、慎重な財政運営と経済の急成長によって公的債務のGDP比率も低下傾向にあるなどの指摘も注目される。ドゥテルテ大統領は強引なコロナ対策や人権無視の犯罪対策などで知られるが、経済、金融、通貨などの分野では、これまでのところ比較的成功しているといえよう。これが今後どこまで続くか注視したい。

インド

依然として横行するカーストの差別

7月23日付エコノミスト誌は、「No escape (退路なし)」と題する記事で、インドでは都市化が進むなか、カーストによる差別が依然として横行していると報じる。街は区分され、カースト間の婚姻は極めてまれで、限りなくゼロに近いと述べ、差別の状況を次のように具体的に報じる。

アンキット・パルとトゥシャル・シンは19才と18才の男子だが共通点は少ない。両人は首都のデリーから車で数時間のところに住んでいるが方向は反対側である。両人ともにカーストの最下層であるダリトで、最近ともにニュースで取り上げられたが理由は全く異なる。7月中旬ころ、メガネをかけて笑顔を絶やさないシン氏は、学校の卒業試験で5科目全てに100点満点を取った。インタビューでは、歴史の学習を希望すると語り、その後、官僚機構の最上位にあるインド行政職(IAS)に就職した。

これに対し、昨年パル氏はピンクのシャツにグレイのズボンをはいてバイラル・ビデオに出演し、そこでインド北西部に住むアーリア系のジャート族の若者2人によってズボンを脱がされ殴打されるという暴行を受けた。原因は、パル氏がスマートフォンのスクリーンを製造する工場に職を見つけ、ジャート族の若者が地主となっている土地で働き、牛の世話をするのを拒否したためだった。ジャートが支配する村で暮らすダリトは何世代にもわたって、地主のために働いてきたのである。

さらに記事によれば、70年前にダリト出身のビームラーオ・アンベードカル(インドの政治家、思想家。反カースト運動の指導者)が大半を起草した憲法は、全ての市民は法の前で平等であると宣言し、不可触民制度を廃止し、こうしたヒンズー慣行を刑罰に処すべき犯罪として、国家に対して社会の多くの「脆弱な分野」を改善するよう促した。

その後、ダリトの環境は確かに改善した。彼らを忌避する硬直的で儀式的な雰囲気はほとんど消滅した。立法機関や国立の学校、政府組織における3世代にわたる留保制度(特定のグループに対して、議席、公務への就職あるいは高等教育機関などへの入学に当たって枠を設ける制度)によって、低カーストに中産階級を生み出した。そのため中間カースト層も彼ら自身ための優遇枠を求め、結局それを手に入れた。カーストを基盤とする政党も続々と誕生し、政府の支援を求めて多くの州を支配下に収めた。

こうしたことを総合すると、シン氏の輝かしい成功は驚くに値しないし、同様にパル氏への気まぐれな暴力と儀式的な侮辱も考えられないことではないというべきだろう。とはいえ、シン氏はその属するカーストのために広く噂の種となった。同氏はまた最高位のプライベート・スクールに入学したが、それも異例だった。パル氏も幸運だったが種類が異なる。同氏の幸運は、多くのダリトがこれまで唯一の仕事であった小作農やゴミ、靴くずの処理などから逃れる道を見つけ、上級カーストのパトロンを必要としなくなったことである。そもそも殴り殺されなかったことが幸運だったといえよう。

今では厳格で純粋な儀式を守り、ダリトを文字通り不可触民と考えるヒンズー教徒は少ない。そうだとしても定例のニュースは上層のカーストによるダリトに対する殺人、レイプなどの暗い犯罪を伝えている。しかし、こうした執念深い迫害者はヒンズー教徒に限ったことではない。インドの2000万人カソリック教徒の60%は元ダリトとみられ、彼らの先祖が改宗した一因は迫害から逃れるためだった。しかしインドの教会が最近発表したレポートによれば、2万7000人の司祭のうちダリト出身者は5%に過ぎず、枢機卿や大司教となると1人もいない。人口の14%を占めるイスラム少数派教徒でも差別が根深く存在する。遠い過去に改宗した家族や支配層のイスラム教徒とつながる一族と、おそらく低カーストだった以前の地位を隠すために改宗したと見做される家族とを差別するなどである。

低カースト層の地位向上も限られている。90年代から2010年にかけての経済成長によって、低カースト層を含む数千万人が貧困から抜け出したが富の格差は同じカースト内で拡大した。加えて、公的部門でも民間部門でも高位の役職はピラミッドの上位3つのカーストが独占に近い地位を占めたままである。上位カーストとは、バラモン(司祭階級)、クシャトリア(武士階級)、ヴァイシャ(商人階級)の3つで、人口の20%を占めるとみられている。最近の調査によれば、89人の最高位公職者のうち上位カーストでない者は4人だけで、上から3番目となる隷属民は1人もいない。最高裁判事の3分の2と州の首相の半数以上が上位カーストのヒンズー教徒である。最近、刑法改正のために内務大臣が創設したパネルでは、5人の専門家は全て男性で北部出身の上位カーストだった。

こうした傾向は政府外でも同様である。ヒンズー語と英語の主要紙に関する昨年の調査によると、編集者など121人の上位職務のうち、上位カースト以外の出身者は15人だけだった。ダリト出身者は1人もいない。カースト間の結婚は依然としてきわめてまれである。最近の統計では、全ての縁組の中で占める比率は僅か6%である。居住地域の問題もハーバード大学の調査チ-ムの分析によると、カーストによる差別が驚くほど執拗に続き、場合によっては深刻になっている。同チームは、147の都市に関する人口調査データを使用し、インド都市部におけるカーストの差別は、米国における人種差別に匹敵することを発見した。このデータは区ではなく街のレベルまで、かつカーストも広義のカーストではなく、カーストを構成するサブカーストのコミュニティにまで踏み込んだ資料である。グジャラート州の最大都市アーメダバードの60%の土地は1人のダリトも住まわせていない。80%程度のダリトは同市の10%の土地に住んでいる。ジニ係数で計ったアーメダバードの格差は、南アフリカでもっとも不平等な都市といわれるヨハネスブルグを上回ったのである。

上記のように報じた記事は最後に、ハーバード大学のチームを率いるバランチ氏の「インド社会は一見、沈滞しているようにみえるが大きな変動が起きている」とのコメントを伝える。同氏は、昔からの伝統は村落部では記憶として残っているが、都市部では意味が薄れてきていると語り、共同社会の中での婚姻もタブー視されることが少なくなっていると述べる。ただし差別意識は強まっており、ダリトのスラムでは、貧しいダリトは若干でも高い地位の隣人と付き合おうとしないと指摘していると伝える。

以上のように記事は、インド社会でカーストによる差別が根強く残っている状況を最底辺のカーストに属する者の成功例や失敗例を紹介しつつ、きめ細かに具体的に報じる。差別は広く宗教界、官僚組織、司法界さらにはジャーナリズムの世界にもみられ、カースト間の結婚は依然としてきわめてまれだと伝える。居住地域にみられる排斥は米国の人種差別と類似しているとのコメントやジニ係数からみたアーメダバードとヨハネスブルグの比較なども報じられているが、差別意識の伝統は村落部では記憶として残っているものの都市部では意味が薄れてきているとも指摘されている。今後に希望を残す見方として注目したい。


米欧経済の現状と対策-超党派で対応する米国、統合を深化させる欧州

主要紙の社説・論説から

要約:メディアはまず、欧州がコロナウイルス対策で米国よりも成功し、それによって信頼感を回復した消費者と企業がそれぞれ支出と投資の意欲を取り戻し、雇用と所得の保護で成果を上げたと報じる。ただし目先の経済成長率は、厳しい都市封鎖によってユーロ圏経済が米国より落ち込むとみられ、4~6月(第2四半期)はユーロ圏が前期比マイナス12%、米国は同マイナス10%程度、また今年通年ではユーロ圏がマイナス6.4%、米国がマイナス5.1%になると予想する。しかし21年はユーロ圏がプラス6.2%と米国のプラス2.8%の倍以上の成長を遂げるとのエコノミストの見方を伝える。ただし欧州経済の回復は初期段階にあり、力強い需要が戻ってこない限り企業は最終的に人員などのコスト削減に迫られると警告する。米経済も感染者数の急増、経済活動再開の停止や後戻りの可能性、毎週100万人以上の新規失業保険申請件数、予想を下回るPMIなどを挙げ、追加対策がなければ、経済は一段と悪化する可能性があると指摘する。

景気対策については、米国はFRBがゼロ金利と月間1200億ドルの債券購入を含む超緩和策を維持し、財政政策でも第1弾から4弾に至る2兆8000億ドルという過去最大規模の大型景気対策を打ち出したと報じる。特に2兆2000億ドルの第3弾は、国民への小切手支給や失業保険の拡充、中小企業向け融資、医療提供者、航空会社、各州への支援が含まれていると伝える。また中小企業向けの総額3500億ドルの融資は、従業員給与や家賃、公共料金などの支払いに充当する限り返済免除されていると述べ、特に給与支払いを支援する給与保証プログラムは失業者の発生抑制に役立ったと評価する。ただし配分の仕方にばらつきがあり、失業手当の窓口は申請者で溢れ、未だに手当を貰えていない失業者がおり、中小企業向け融資の割当にも問題があり、経営者が殺到して混乱状態にあると批判する。

欧州でも欧州中央銀行(ECB)はゼロ金利とパンデミック緊急購入プログラムによる金融緩和策を実施し、財政面でもEU首脳は共同債の発行と7500億ユーロの復興基金の創設、1兆ユーロ超の次期中期予算で合意した。特に共同債の発行は長年の懸案であり、コロナ危機に際してようやくEU間で画期的合意が成立した。狙いは来年の欧州経済の回復支援にあるが、これによりイタリア、スペイン、ギリシャなどの南方諸国は、国家債務への懸念なしで政府支出を増やせることになった。復興基金7500億ユーロのうち3900億ユーロは補助金(返済免除)、残りは融資として提供されるが、当初、補助金は5000億ユーロで合意を主導した独仏がオランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマークなどの北方諸国の反対で譲歩を強いられ減額された。北方諸国は、合意は公衆衛生危機のために導入された時限的で1回限りのプログラムであり、EUを富の移転同盟に変えるものではないと主張。また合意には各国議会の承認が必要で難航が予想されている。共同債の支払い条件と原資が不明確だなどの批判もあるが、合意はEUが真正な財政同盟に向けた大きな一歩になるとメディアは評価する。

さらに共同債はユーロが国際通貨として成長する契機になると次のように論じる。グローバルな所得に占めるユーロ圏の比率は16%と米国の15%を上回っているが、ECBの2018年報告書によれば、各国の外貨準備高に占める比率はドルの62%に対し、ユーロは20%で国際的債務や融資残高についても同程度とされており、ユーロは現在十分な役割を果たしていない。共同債は、マネーマーケットで担保として使用可能な新安全資産を創造することによって、ユーロの準備通貨としての役割に貢献し、ユーロ圏の金融上の自律性を高めるだろう。また共同債には、国と銀行間の支払い状態の「負の連鎖」を切断する潜在力がある。グローバルな準備通貨としてのドルの地位は、米国にとって外交や経済政策上の梃として働いているが、ドルはこの役割を戦後のブレトンウッズ体制から引き継いでおり、懐の深い米資本市場のおかげで今日まで維持してきた。しかしユーロ圏では安全資産が不足し、単一通貨の崩壊懸念が持続しために懐の深い市場がドルと同様の規模で発展しなかった。EUは今後、資本市場同盟の構築に全力を傾けなければならない。また復興基金はユーロ圏よりもEUのための計画であり、両者の違いは英国のEU離脱によって縮小したが、組織上の不確実性は増していることに注意すべきだ。これまで米ドルに変わる有効な代替資産がなかったが、EU債の出現はこうした見方を変えるかもしれない。EUの新「国家」債券の規模は大きくなく、7500億ドルはユーロ圏GDPの僅か5%で国際金融体制を短期間で変えるには十分ではないが、長期的には70年前に始まったブレトンウッズ体制の終わりの始まりとみられるようになるかもしれない。

結び:以上のようにメディアは、コロナ対策の成否が米欧経済の回復の速さを左右しており、その対策に米国より成功した欧州経済は、来年は米経済の倍以上の成長率を達成すると予測する。とはいえ両経済とも今年は5から6%のマイナス成長が予想されており、コロナによる打撃は深刻である。このため米欧当局は共に積極かつ大胆な景気対策を打ち出した。超金融緩和策と大規模財政出動である。米欧共にゼロ金利と超量的緩和を進め、さらに米政府は08年の世界的金融危機時を越える規模の財政出動を決断。欧州ではEU加盟国が遂に長年の懸案だった共同債の発行と大型復興基金の創設に合意した。米国は分断を乗り越えて超党派の合意形成に漕ぎ着け、欧州は財政統合に向けて大きな一歩を踏み出し、統合の深化に向かった。

ただし米欧経済は共に大きな課題を背負っている。欧州の経済回復は初期段階にあり、力強い需要が戻ってこない限り、企業は最終的に人員削減に迫られると指摘され、また合意には各国議会の承認が必要で難航が予想されている。さらに基本的問題として、北方諸国が合意は公衆衛生危機のために導入された時限的で1回限りのプログラムであり、EUを富移転同盟に変えるものではないと主張している。欧州における南北間の対立は依然として根深い。また共同債はユーロが国際通貨として成長する契機になるとの評価も大いに注目される。そのために懐の深い資本市場の育成の必要性が指摘されているが、米ドル一強の国際通貨体制に大きな変革をもたらす契機になるかもしれない。その意味でも、EUは真の統合を目指す決意が試される正念場を迎えている。

他方、米国では感染者数の急増、経済活動再開の停止や後戻りの可能性、厳しい統計数字などが指摘され、追加対策が早急に必要と警告されている。この問題については目下、共和、民主両党議員とトランプ政権が第5弾となる景気対策について協議を続けている。7月20日付ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、焦点は国民への再給付金、失業給付、学校運営の資金支援、企業・学校・NPOなどの賠償責任免除拡大、州・地方政府への追加支援などであるが、問題によっては共和、民主両党間に大きな溝が生じているという。7月31日には、4~6月期の実質GDP成長率が前期比年率でマイナス32.9%と現行統計開始以来のマイナス幅となったと発表され、また柱の一つだった失業保険給付の上乗せ措置も期限が切れとなり、追加対策の取りまとめが喫緊の課題となっている。対立を乗り越えて再度超党派の合意が得られるか米国も試練の時を迎えている。

2020年 7月

16日 中国政府、今年第2四半期の経済成長率が昨年同期比で3.2%のプラス成長と発表。

20日 米商務省、中国・新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧に関わったとして衣料品や家電などの中国企業11社に追加禁輸措置の発動を発表。

21日 英国、香港との犯罪人引き渡し条約を無期限停止。

23日 韓国、20.4~6月期GDP、前年同期比マイナス3.3%と22年ぶり低水準。

25日 アジア太平洋経済協力会議(APEC)、テレビ会議方式で貿易相会合を開催。医薬品や食料など必需品の貿易促進で一致。

26日 北朝鮮の朝鮮中央通信、開城(ケソン)市で新型コロナウイルスの感染疑いが見つかり24日に同市を完全封鎖と報道。

29日 タイ政府、7月末期限の新型コロナウイルス対策非常事態宣言を8月末まで延長と発表。

 タイ政府、中央銀行新総裁に首相の経済顧問にセタプット・スティワートナルプット氏(55)を任命。

2020年 8月

2日 フィリピン政府、感染者10万人超えで外出制限を再び厳格化。

4日 トランプ米大統領、中国の北京字節跳動科技(バイトダンス)に対し動画投稿サービス「TikTok (ティックトック)」米国事業の9月15日までの売却を要求。交渉不成立なら利用を禁止すると表明。

 日本の菅官房長官、韓国での元徴用工訴訟で、資産売却なら「あらゆる選択肢を視野」に対抗措置を取ると表明。

5日   シンガポールでコロナ、デング熱同時流行。

7日   米政府、香港の林鄭行政長官や中国政府の香港政策の責任者、夏宝竜・香港マカオ事務弁公室主任ら11人への制裁を発表。

9日  アザー米厚生長官、台湾を訪問。

10日  訪台したアザー長官、蔡総統と会談。中央感染症指揮センター(新型肺炎対策本部に相当)トップの陳時中・衛生福利部長(厚生相)などと会談。

11日  香港警察、民主派指導者らを香港国家安全維持法違反で逮捕。

13日  北朝鮮の朝鮮労働党政治局会議を開催、金正恩委員長が出席。開城市の完全封鎖を3週間ぶりに解除。金才竜(キム・ジェリョン)首相を解任し、金徳訓(キム・ドクフン)党副委員長を後任に任命。

14日 茂木敏充外相、マレーシアを訪問、ヒシャムディン外相と会談。9月上旬にも企業の駐在員や長期滞在者の入国制限を緩める方針で合意。

15日 台湾の高雄市での市長補欠選挙で与党・民主進歩党(民進党)の陳其邁・前行政院副院長(副首相)が圧勝。

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、GUARDIAN (ガーデイアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。

お申し込みフォームが開きます