東アジア・ニュースレター Vol.117

海外メディアからみた東アジアと日本 - 2020年9月

前田 高昭
ジャーナリスト
バベル翻訳大学院教授
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メディアは、中国コロナ後の経済について主要国がマイナス成長に落ち込むなか、真っ先にプラス成長に転じ、経済規模で他の新興国との格差を拡大し、米国との格差も縮小して猛追すると予想し、これを支えるのは習近平国家主席の新経済政策シノミクスであり、その効果を過小評価すべきでないと主張する。その一方、シノミクスは国内で富の格差を拡大したと指摘し、特に低・中所得層はパンデミックで大きな被害を受けたが政府の救済策は不十分だと批判。経済急回復の問題点として、回復自体がぜい弱でまだら模様、貿易相手国の景気が二番底に陥るリスク、回復の持続可能性への疑問、債務の増大銀行システムの悪化懸念、さらには経済指標に対する懐疑などを挙げる。

台湾が米国を中心とする日本を含む西側諸国と連携して、新たなグローバル・サプライチェーンの構築に動き出した。現在のグローバル・サプライチェーンの中国依存リスクが米中対立やコロナウイルス・パンデミックにより明確になったことが背景にある。米国も在台協会DFCが準備を整えていると報じられている。分野としては半導体、医薬品、エネルギー産業、中国に代わる移転先として東南アジアが挙げられている。ただしEUは、こうした動きを米国の政治的圧力による反中運動として捉え、一線を画す構えを見せており、今後の動向を見守っていく必要がある。

韓国文在寅大統領が名誉毀損法を利用し、敵対者を相手に多数の名誉毀損訴訟を起こし、言論機関の取り締まりにも乗り出すなど自由や人権の抑圧に動いている。メディアは北朝鮮の弾圧行為と同列にあると批判して、米政府に是正を求める行動を起こすよう訴えている。同時に左派政権である文政権は、軍事独裁政権時代からの長い迫害体験から批判的メディアを政治的反対勢力として捉える強迫観念から脱却できず、過敏に反応しているのであり、心配すべき行動ではないとの見方も紹介する。

北朝鮮では、経済制裁に加えてパンデミックや台風による被害が経済的困窮に拍車をかけている。こうした北朝鮮を中国が積極的に支援し、北朝鮮経済の対中依存度が高まっている。北朝鮮のダミーとみられる多数の中国企業が2014年から17年にかけて貿易額全体の20%に達する船積みに関与したとメディアが伝える。また海外出稼ぎ労働者からの送金やサイバー攻撃による現金窃取が重要性を増しているが、各国の旅行制限により出稼ぎ労働者の海外派遣がきわめて困難となっており、そのためか、サイバー攻撃を再開したと、先月米政府の4機関が共同で警告したと報じる。

東南アジア関係では、インドネシアフィリピン政治のためにコロナウイルスの感染拡大が防止できていないと指摘された。メディアは、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領とフィリピンのドゥテルテ大統領の性格や人となりと共に感染防止策や執行状況を分析し、両者を強権的手法で対処しているが成功していない指導者のグループに分類する。またドゥテルテもジョコも制度を見直し、効率のよい責任ある政府を構築する努力に欠け、有権者も強く求めていないと批判して問題の深さを明示する。

インド政府は、パンデミックにより経済が急減速するなか、巨額の不良債権を抱える金融システム救済のために、返済猶予や債務再編などからなる新不良債権対策を打ち出した。リスク債権はテレコムと公益事業の2分野に集中し、不良債権化する危険が高まっている。このため銀行の不良債権比率も今後上昇すると見込まれ、民間大手銀行資本増強のために市場からの資金調達で対応しているが、国有銀行は政府頼みで自己資本比率の低下が不可避とみられている。

主要紙社説・論説欄では、安倍首相辞任問題を取り上げた。メディアは安倍首相の業績を評価すると共に、後継者に厳しい注文を付けている。

北東アジアの経済

中国

コロナ後の経済について

8月26日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、コロナを克服した中国が経済規模で世界一の米国に迫ると報じる。記事は、中国経済が回復の勢いを増し、全土で飲食店やスポーツジムに活気が戻り、地下鉄や空港ロビーは利用客でごった返し、学校再開に当たってもマスク着用義務のような制限措置もほとんど実施されていないと報じる。こうした状況のなか、JPモルガン・チェースは、今年の成長見通しを4月時点の1.3%から2.5%に引き上げ、世界銀行をはじめエコノミストらも成長予想を上方修正する動きが出ているが、米国は今年最大で8%のマイナス成長になると予想されており、米国との差は確実に縮まる見通しだと伝える。

具体的な数値として、ピーターソン国際経済研究所の中国専門家ニコラス・ラーディー氏は、中国のインフレ調整後の国内総生産(GDP)が今年11兆9000億ドルに達すると予想しており、これは米国の予想GDPのおよそ7割の水準で、単年で米国との差を最も縮める見通しだと報じる。またブルッキングス研究所国際経済開発プログラムのシニアフェローのホミ・カラス氏は、コロナ危機を受けて中国が現在の為替レートに基づく金額ベースで2028年に米国と肩を並べるとみており、これはコロナ前の予想より2年前倒しになると伝える。

記事はさらに、中国がロシアやブラジルなどの他の途上国に対しても経済力で差を広げるとカラス氏が指摘していると報じる。インドは特に水をあけられ、来年末までに中国の経済規模の2割にも満たなくなる公算大だと述べ、中国はコロナ危機を経て、途上国の中でさらに圧倒的な地位を築くだろうと語っていると報じる。日本についても国際通貨基金(IMF)が今年の成長率をマイナス5.8%に陥るとみており、中国との格差が広がるとみられている。

ただし、記事は最後にこうした中国経済の回復には問題点もあるとして、回復自体のぜい弱さ、貿易相手国が二番底に陥るリスク、地政学上の懸念、中国の経済指標に対する懐疑的な見方、回復の持続可能性への疑問などを挙げ、さらに調査会社ロジウム・グループの創業パートナーのダニエル・ローゼン氏は、債務の増大やまだら模様の国内景気、銀行システム問題の悪化などを懸念材料と指摘していると伝える。同氏はここ数カ月の経済活動の大半は、消費者が購入していない商品の生産であり、一時的にGDPを押し上げるものの、在庫が積み上がり、年内にはそれが成長の足かせになりかねないとみていると報じる。

8月13日付英エコノミスト誌も「The Chinese economic model (中国の経済モデル)」と題する社説で、中国の習近平国家主席は国家資本主義を手直しして、新経済政策を考案しており、これを過小評価してはならないと論じる。社説は、習主席の新経済政策は市場とイノベーションを厳格に定義された領域内で効率的に機能させ、しかも全てを共産党の目が届くように監視下に置くというものであり、こうした専制とテクノロジーそしてダイナミズムが混然と一体になって成長を推進していると論評。中国経済は関税戦争で予想されたほど打撃を受けておらず、さらにパンデミックに対してはこれを遙かに上回る抵抗力を発揮したと述べる。

次いで社説は、中国は今から20年前には貿易に重点を置いていたが、輸出は現在GDPの17%しか占めていないと指摘。アリババやテンセントのようなハイテク企業も育成し、今や次のステージの中国国家資本主義が動き出していると述べ、そうした新たな政策を習主席に因んでシノミクス(Xinomics)と名付ける。

シノミクスは3つの要素からなるとし、第1に景気循環と債務の発生に対する厳しい管理を挙げる。巨額の財政出動や信用膨張の時代は終わり、銀行はオフバランスシート活動の開示とバッファーの構築に迫られており、借入は健全化された債券市場を通じて行われるようになったとする。第2は行政機構の効率化である。法律は経済全体に統一的に適用されるようになり、習主席ですら香港に恐怖政治を敷くに当たって党が定める法律を利用した。また習主席はビジネスに即した商法システムを構築し、破産や特許関係訴訟など従来は数少なかった案件も就任後に急増した。お役所仕事も削減され、会社設立は9日で可能となった。市場は円滑に機能するようになり、経済の生産性が向上した。

第3は国有企業と民間企業の境界線をあいまいにすることである。国有企業はリターンを増やし、個人投資家を誘致するよう求められた。その一方で、民間企業を戦略的に管理し、その組織に党の細胞を送り込んだ。意に沿わない企業は、信用のブラックリスト制度を通じて罰した。習主席はサプライチェーンの要所を押さえることを重視し、半導体や電池などの重要産業の自足体制の構築に努めている。

上記のように論じた社説は、こうしたシノミクスは短期的には奏功し、債務の累積が減速し、貿易戦争とコロナウイルスという二重の衝撃を受けても金融危機に至らなかったとし、国有企業の生産性も徐々に上向き、外国投資家も中国の次世代ハイテク企業に資金を投入していると指摘する。しかし真の試練がやがて訪れるだろうと述べ、中国はハイテク中心の中央計画制度がイノベーションを持続させると期待しているが、広範な意志決定と開かれた国境、そして言論の自由は魔法の献立であることを歴史が示していると主張する。

そのうえで社説は、一つ明らかなこととして、米国と同盟国は中国国家資本主義との長い闘争を覚悟すべきだと警告する。旧ソ連に対するような封じ込めは、世界と統合された巨大で洗練された中国経済には通用せず、西側は外交能力を結集して新たな安定したルールを創造し、中国との協調を目指すべきだと述べ、そうした分野として気候変動や感染症、貿易を挙げ、あわせて人権、安保の保護も強化すべきだと主張。14兆ドルの国家資本主義経済を消し去ることは不可能であり、そうした幻想を捨て去る時だと論じる。

他方、国内では富の格差が拡大していると8月18日付フィナンシャル・タイムズが伝える。記事は、中国経済の回復は均衡に欠けていると述べ、富裕層はパンデミックによって大きな経済的被害を受けなかったが、多くの低所得層は悪戦苦闘しており、特に不均等な個人消費を引き起こした中国政府のパンデミック対策に関連し、低所得層からエコノミストやアナリストに対して疑問が提起されていると述べ、政府は投資と建設の刺激に努力を集中する一方で、消費対策については、平均家庭よりも富裕層に有利な措置を講じたと批判していると伝える。

そのうえで、IMFは中国の今年の経済成長率を1.2%、21年から25年にかけては5%以上を見込んでいるが、こうした経済成長が低所得層に恩恵を及ぼし、政府が必要としている彼らの消費喚起に結びつくかについて疑問が提起されていると報じる。記事によれば、国内消費は昨年のGDPの57.8%と経済の主要部分を占めているが、政府のシンクタンクで中国国際経済交流センターのワン研究員は、政府はコロナ流行に伴い拡大した貧富格差の縮小に失敗したと語り、低所得層の数が高所得層を圧倒的に上回るため消費全体の回復が止まってしまったと主張する。

エコノミストは、政府は道路や橋梁などの建設について決定できるが、家計がいくら使うかまではコントロールできないと指摘する。ただし3月に入って経済が回復し始めると、高級ブランド品や自動車などは一部の都市で売れ始め、今年第2四半期の売り上げは前年同期比2桁台の伸びを示した。また商業用不動産業者によれば、中国の主要5都市のうちの3都市で、高級ショッピングモールの客足がコロナ前もしくはそれ以上の水準に戻り、ルイヴィトンや自動車の売り上げも増加に転じ、BMWなどの高級車が売れる上海では、同販売高が第2四半期に前年同期比でほぼ倍増したとディーラーは述べている。

他方、都市部における低・中所得層の一人当たり消費は公式データによると、第1四半期は前年同期比でマイナス9.5%、同第2四半期はマイナス6.2%と連続で減少した。北京所在のフィンテック企業JDデジットのエコノミストによれば、低・中所得層の一人当たりのオンライン消費は、今年上半期は全体が上昇するなかで落ち込んでいる。同エコノミストは、低・中所得の貧しい家計が経済停滞の矢面に立たされていると述べ、この層の成年者の失業率は平均の5.7%を倍以上上回っていると指摘する。

記事は、こうした釣り合いのとれない消費で、拡大する所得格差に焦点が当たってくると述べ、6月の5000世帯を対象とした調査によると、低・中所得層の所得が落ち込み、特に年間所得が5万元以下の層の減少が大きかったなかで、年間所得が30万元以上の高所得層とされる世帯の第2四半期の所得は上昇したという。記事によれば、こうなる理由は明らかで、高所得層は在宅勤務などの方法でパンデミックの最中でも失職せず、また彼らが保有する株式や住宅などの資産が金融緩和によって上昇したからである。反対に、数億人に達する低・中所得層の場合、パンデミックが雇用市場に被害を及ぼし、所得は低迷、さらには減少したのである。公式データによると、低・中所得層の多くが居住する都市部の一人当たりの可処分所得は今年上半期に2%落ち込んでいる。

このような2つのパターンによる景気回復によって、中国が他の主要国よりも速くウイルスによる低迷から抜け出したとしても、成長を復活させようとする中国政府の努力は損なわれている。第2四半期のGDPが3.2%上昇したのは、信用が後押ししたインフラや不動産への投資の増加によるもので、このため中国の債務負担はさらに増大している。しかし肝心の国内消費は増えていない。富裕層が消費を増やしても他の層が節約して相殺してしまうからであり、この結果、小売り高はパンデミックが始まった2月以降5ヶ月連続で減少した。

次いで記事は、中国政府は次のような対策を取ったと報じる。まず大規模な無料のコロナウイルス検査の実施である。これは無症状者を根絶するだけでなく、経済に対する信頼感の改善を狙っている。コロナ発生地の武漢では5月に1100万人の市民に対して19日間で1000万人に検査を実施した。9億元の費用をかけ、地方政府職員を動員し、臨時の検疫場で喉から検体を採取して実行した。公衆衛生関係者から妥当性について疑問の声が上がったが、エコノミストたちからは、大規模検査は信頼感の構築だけでなく、全ての陽性者を迅速かつ効率的に特定し、ロックダウンによる経済的コストを節約したと評価していると伝える。北京でも1200万人の市民に検査を実施した。

こうした施策の他に、政府は富裕層を対象とした高級製品の売り上げ奨励策として、例えば、オフショアのDuty Freeショップの開設や企業向け減税、雇用補助金、地方政府による貧困失業者に直接補助金を支払う失業保険などの政策を実施した。ただし補助金は金額が少ない、所期の目的のとおり使われない、失業保険制度は戸籍を有する住民に限られ、多くの移住労働者が恩恵を受けられないなどの問題点が指摘されていると報じる。

記事は最後に、政府の財政出動が6.1兆元(8800億ドル)と抑制された規模であり、米国の3兆ドルの救済策などと比較して小規模だと指摘。しかも対象が地方政府や国有企業向けが多いため、景気刺激効果の大きいインフラ投資が少なく、これがさらに刺激効果を低めていると報じる。

以上のようにメディアは、今年の中国経済は主要国がマイナス成長に落ち込むなか、早くもプラス成長に転じ、経済規模で他の新興国との格差を拡大し、米国との格差も縮小して猛追すると予想し、これを支えるのは習近平国家主席が編み出した新経済政策シノミクスであり、その効果を過小評価すべきでないと主張する。その一方で、シノミクスは国内で富の格差を拡大したと指摘し、特に低・中所得層はパンデミックで大きな被害を受けたが政府の救済策は不十分だと批判する。また急激な経済回復は問題も含んでいるとし、回復自体がぜい弱で国内景気はまだら模様で、貿易相手国の景気が二番底に陥るリスク、回復の持続可能性への疑問、債務の増大や銀行システムの悪化、さらには中国の経済指標に対する懐疑などを懸念材料として指摘する。今後、こうした批判や懸念にシノミクスで十分に対処できるのか、特に富の格差が体制への批判に結びついて行かないかといった疑問が浮かび上がる。コロナ後の習体制は経済のみならず、政治、外交、安保などで内外に大きな課題を背負っており、米国に追い付き追い越すのといっても紆余曲折が避けられないといえよう。

台湾

米台、中国依存のグローバル・サプライチェーン脱却を計画

台湾と米国が中国から独立したグローバル・サプライチェーンの再構築に向けて共同で対処しようとしている。9月4日付フィナンシャル・タイムズによれば、米、EU、日本そして台湾の政府関係者は、米中貿易戦争とコロナウイルス感染症によってグローバル・サプライチェーンの中国依存リスクが明確になったとして、その再構築のために協力を呼びかけている。

4日、米国の実質的な台湾大使館である米国在台協会のブレント・クリステンセン会長は、「米国が台湾と開始した経済対話の第1の議題がサプライチェーンの再構築だ」と語り、台湾企業は過去30年間に中国においてテクノロジー製品のグローバルな製造拠点を築いたが、その将来を中国と結びつける危険を強く感じ始めていると指摘した。

ただし記事は、台湾を含む民主主義陣営の動向について、大半の政府は医薬品や安全保障関連製品の生産力増強やサプライチェーンの多角化の緊急性を認めているが、それが中国からの全面的なデカップリングを意味するかどうかについては意見の一致をみていないと報じる。台湾のジョセフ・ウー外相は、台湾は既に半導体、医薬品、エネルギー産業のサプライチェーン多角化について話し合いに入っていると語り、米国国際開発金融公社(USDFC)のアダム・ボーラーCEO(最高経営責任者)は、USDFCはサプライチェーンの米国もしくは第3国への移転を希望する台湾企業に投資する準備ができていると述べている。台湾の対外貿易機関の中華民国対外貿易発展協会(外貿協会)も日本と共同して提携先を中国から東南アジアへ移転させようとする両国企業を支援しているという。

さらに記事は、9月2日、インド、日本、オーストラリアの貿易担当相がサプライチェーン活性化のための地域協力が緊急に必要とされており、今年中に活動を開始し、機会は他の諸国にも開かれていると語ったと伝える。ただしEUについては、外交筋も欧州企業も慎重な態度だと述べ、在台欧州商工会議所のホグランド会長は、サプライチェーンの見直しに大いに注目しているが、この問題は米国から政治的圧力がかかっているのは明らかだと指摘し、外交筋では、EUの対台湾窓口機関の欧州経済貿易代表部のフィリップ・グルゼゴルゼウスキー代表がEU加盟諸国は反中運動に巻き込まれるのを歓迎していないと語っていると伝える。

以上のように、台湾は現在のグローバル・サプライチェーンの中国依存リスクが米中対立やコロナウイルス・パンデミックにより明確になったために、米国を中心とする日本を含む西側諸国と連携して新たなサプライチェーンの構築に動き出した。米国も在台協会やDFCが準備を整えていると報じられている。ただしEUは、こうした動きを米国の政治的圧力による反中運動として捉え、一線を画す構えを見せており、今後の動向を見守る必要があると言えよう。

韓国

人権に対する脅威の動きを示す文政権

リベラルな左翼政権とされる文在寅(ムン・ジェイン)政権の下で、人権抑圧が進行していると報じられた。9月11日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「Seoul Cracks Down on Dissent Against North Korea (日本版記事:【寄稿】韓国の活動家弾圧、北朝鮮に倣う行為)」と題する論説記事で、7月に文在寅大統領が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の人道犯罪に抗議する活動家の取り締まりを命じ、韓国が朝鮮半島の人権に対する2番目に大きな脅威となっていると報じる。筆者は米ワシントン所在弁護士のジョシュア・スタントン氏と米タフツ大学フレッチャー外交大学院助教イ・ソンユン氏である。

記事は、韓国の国家警察は100を超える人権組織に対して政治的動機に基づく監査を実施し、大統領は言論を違法化する新法を推進していると報じ、それは北朝鮮との関係改善を政治的遺産としたい文大統領が、実際には北朝鮮の独裁政権と同様な行為を行うことを意味していると指摘する。6月4日、金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長が風船を使って非武装地帯にビラをまいた韓国人らを非難し、韓国政府に「この茶番をやめさせる法律の制定」を要求。韓国政府はビラ散布活動を禁じる方針を直ちに明らかにしたと述べ、警察は活動家の事務所を捜索し、統一省は2団体の非営利法人設立許可を取り消したと伝える。

さらに記事は、文大統領が韓国の偏狭な名誉毀損法を利用し、これまでに敵対者を相手取って少なくとも10件の名誉毀損訴訟を起こしていると述べ、与党の議員はグーグルの韓国部門に対し、「偽ニュース」とみなす政治論評の削除を要求して、税務調査を利用して敵対者を標的にしたり、警察が文大統領の政策をパロディー化した大学構内のポスターまで捜査したりしていると報じる。また文大統領は、韓国の歴史に関して正式に認められていない見解の表明を違法化する新法を制定し、違反者に最大7年の懲役刑が科そうとしていると述べ、さらに朝鮮日報の報道として、与党は既存の南北関係発展法を改定し、「韓国人の身体的完全性や生命を危険にさらす」行為を違法化することも計画している伝え、北朝鮮の脅しに屈することで、韓国政府は北朝鮮にさらなる暴力の脅しやその実行への動機を与えていると厳しく批判する。

記事は最後に、米政府に対して韓国政府の自由の抑圧に声を上げるべきだと主張し、さらに米議会は北朝鮮への宣伝用ラジオ放送のために資金を増やすべきだと述べて、そのために在韓米軍兵士を切り札に活用できると指摘。その場合には、トランプ米大統領が要求する駐留費用の負担増額よりも「軍隊再配置」の名目で地上軍を撤収する方が韓国人有権者を自己満足から目覚めさせられる可能性があると述べ、米国は朝鮮半島の自由、民主主義、平和のために韓国と北朝鮮が強制しようとしている沈黙を破らなければならない強調する。

以上のような文政権の政策対応について、8月20日付エコノミスト誌は次のような専門家の見方や分析を伝える。高麗大学法学部のパク・キュンシン教授は、政府が批判に過敏な反応を示すのは、長期にわたるメディアの進歩派と保守派との間の復讐合戦に根源があると考えていると伝える。左翼陣営は政権をとっても自分たちの敗者意識を取り除くことができず、特定のメディアを政党の手先として受け止める傾向があり、批判勢力として「強迫観念」を抱くと指摘する。

活動家たちは、その政治的アイデンティティを自分たちの目標に対して不可解に敵対する軍事独裁制に対抗する形で構築した。従って、そうした相手の言論の自由は優先事項ではなかった。韓国の政局と多くのメディア機関は多極化したままであり、政党間の協調は前代未聞のことだった。なかでも尊重されたのは、自らの陣営に対する忠誠心である。

上記のように論じた記事は、前述のパク教授が現在の状況は前政権下で起きた政治的反対勢力に対する組織的な名誉毀損犯罪法の適用と比べれば、それほど心配する必要はないと主張していると伝える。また前政権が名誉毀損を犯罪とした名誉毀損法について、同法によりジャーナリストや一般市民が名誉毀損で長期の実刑判決を受ける可能性があり、与党の一部議員は、これを緩めるべく法改正に取り組んでいると述べ、記事は最後に、名誉毀損似関わる訴訟が増えているが、世界の報道自由度指数では韓国は数年前よりも上昇していると指摘する。

以上のようにウォール・ストリート・ジャーナルは、文大統領が韓国の名誉毀損法を利用し、敵対者を相手取って多数の名誉毀損訴訟を起こし、また言論機関の取り締まりに乗り出すなどの自由や人権の抑圧に動いていると指摘し、それは北朝鮮の弾圧行為と同列にあると厳しく批判。米政府に対して是正を求める行動を起こすよう訴えている。他方、エコノミスト誌はリベラルな左派政権である文政権は、軍事独裁政権時代からの長い迫害の体験から批判的メディアを政治的反対勢力として捉える強迫観念から脱却できず、過敏に反応しているのであり、心配すべき行動ではないとの見方を紹介する。

エコノミスト誌の紹介する見方も理解はできるが、だからとって政府が言論や人権を弾圧するような行動を取ることは許されない。ましてや過去にそうした辛酸をなめてきたリベラル政権なのである。ウォール・ストリート・ジャーナルが韓国政府との交渉に際して在韓米軍の撤収を材料とするよう提案していることに注目したい。

北朝鮮

対中依存度を深める金体制

9月20日付フィナンシャル・タイムズ報道記事は、コロナウイルスが北朝鮮経済に打撃を与えているなか、金正恩委員長が中国への依存度を高めていると報じる。記事によれば、アナリストは中国政府が食料やエネルギーの供給で北朝鮮を支援していると指摘し、金委員長は昨年、習近平国家主席と会談しており、中国は北朝鮮を米国に対する「緩衝」になると捉えているとみている。

先月、金委員長も北朝鮮が経済目標の達成に苦しんでいると語ったが、こうした自身の失敗を認める発言はめずらしく、核開発と経済成長を同時並行で達成するという看板経済政策に打撃を与えている。こうしたことは、米国と国連による経済制裁とコロナ禍の影響、それに伴う対中貿易の急減、そして最近における台風の被害などによって引き起こされている。これに伴い他国とのビジネス取引と海外出稼ぎ労働者からの送金、さらにはサイバー攻撃による現金窃取が重要性を増している。

さらに記事は次のように報じる。北朝鮮の経済データは数少なくかつ信用できない。そのためアナリストは、北朝鮮が経済制裁を破ってどの程度の収入を得ているかという疑問に対するコメントを避けようとしている。しかし今月公表されたシンクタンクの英国王立防衛安全保障研究所のレポートによれば、150社に上る中国企業が北朝鮮による国際市場へのアクセス支援のために中心的役割を果たしている。これらの中国企業群は2014年から17年にかけて約27億ドル相当の船積みに関与し、この期間における北朝鮮の貿易額139億ドルの20%を占めている。共同使用の住所や電話番号その他の情報から、これらの150社の企業群は北朝鮮のダミー会社であることを示しているが、中国の会社データによると135社がいまだ営業中として登録されている。

他方、北朝鮮はサイバー攻撃による現金窃取を続けている。記事は、先月米政府の4機関が共同して北朝鮮政府のサイバー攻撃班が活動を再開したと警告を発したと報じる。ビーグル・ボーイズと呼ばれる彼らは、過去5年間に20億ドルの窃取を試みたという。ATMにある現金を攻撃目標とし、銀行のコンピューター・システムを機能不全にしたのである。

記事は最後に、コロナウイルスがグローバルな経済活動に与えた影響によって、北朝鮮の海外活動による権益も打撃を受けたとみられるとし、特に中国とロシアにおける北朝鮮労働者の活動を挙げ、また各国の旅行制限により海外への労働者や工作員の派遣がきわめて困難になったと指摘する。米政府によれば、北朝鮮の2500万人の人口の6割が食料不足に直面しており、中国は事態が政治的危機に発展しないように、金委員長を支援する戦略的決断をしたとみる在ソウル専門家の見方を伝える。また金委員長には、経済の自由化を通じてプレッシャーを緩和する選択肢もあるが、それは全く考えている節がみられないとの在米北朝鮮専門家のコメントも付け加える。

以上のように、経済制裁に加えてパンデミックや台風被害によって困窮に拍車がかかる北朝鮮を中国が積極的に支援し、北朝鮮経済の中国に対する依存度が高まっている。メディアは北朝鮮のダミーとみられる多数の中国企業が2014年から17年にかけて北朝鮮の貿易額の20%に達する船積みに関与したと伝える。これに伴い海外出稼ぎ労働者からの送金やサイバー攻撃による現金窃取が重要性を増しているが、海外出稼ぎ労働者について、各国の旅行制限により労働者の派遣がきわめて困難になり、サイバー攻撃については、先月米政府の4機関が共同でその活動再開を警告したと伝える。当面、対中依存度を高める北朝鮮の動向と中朝関係の動きに注目したい。

東南アジアほか

インドネシア、フィリピン

政治がコロナウイルスを拡散

8月29日付エコノミスト誌の報道記事は、インドネシアとフィリピンにおいて政治がコロナウイルスを拡散させていると伝える。記事によれば、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領(愛称ジョコウィ)とフィリピンのロドリゴ・ロア・ドゥテルテ大統領は共に厳しくコロナ対策に取り組んでいるが、その務めを果たしていない。世界の政治指導者のコロナウイルスへの対応は、4つのグループに分類できる。第1はコロナウイルスには問題がないとするグループで、トルクメニスタンのガルバングリー・ベルディムハメドフ大統領はマスクを着用した者に罰金を科している。第2はウイルスの脅威を認め、最大限の強制力を持って対応し、公民権も無視する。中国の習近平国家主席を思い浮かべてほしい。

第3は大半の民主主義国家が含まれるグループで、ウイルスを撲滅することと、程よく良き生活を楽しめるあらゆるものを崩壊させることとの間で、2者択一の危うい選択をしている。第4は厳しく対応しようとするが力不足に終わっているグループだ。ここではフィリピンのドゥテルテ大統領とインドネシアのジョコ・ウィドド大統領が際立っている。両国は東南アジア諸国のどの国よりもウイルス対応で劣り、感染者数もそれぞれ20万人、16万人に達し、今なお急増している。

ドゥテルテ氏は言葉遣いが荒いが、ジョコウィ氏はソフトな語り口だ。両人の人柄は全く違うが共に市長から国政に進出し権力を得た。有権者が両人に新しい何かを看て取ったのだ。共に国政を支配してきた家柄の出身でもなく、コンピューター・オタクのエリートのような話しをするわけでもない。ドゥテルテ氏の場合、ダバオ市長として犯罪と闘い、ジョコウィの場合は、ソロとジャカルタ間に高速道路を建設し、共に行動する政治家として仕事に邁進し、そのビジネスモデルを国政に生かすことを約束した。

とはいえウイルスと遭遇するやいなや、単調な対応によって彼らは足下から崩れていく。感染症が増えるに伴い、ジョコウィは都市封鎖や社会的距離の問題で右往左往し、朝令暮改の行動を取った。その一因は、信仰心が足りないと非難していたイスラム保守派の指導者をなだめることにあった。4月にジョコウィは、ラマダンの終わりに労働者が「帰省」するムディック(Mudik)を認めるよう圧力を受け、コロナの感染拡大防止が手遅れとなったのだが、主たる理由は、都市封鎖をすれば社会不安が発生することをジョコウィが恐れ、かつ政治家としての評価を経済によって判断されることを望んでいたために、愛好するインフラ・プロジェクトが頓挫するのを避けたかったのである。いずれにせよ、ジョコウィは強い指導者とは到底言えなかった。

他方、ドゥテルテ氏はマニラ首都圏の都市封鎖を命じるなど行動が格段に早かった。封鎖に違反する者には、軍と警察を動員して発砲させた。古典的な強権的指導者だが、実際の法の執行は、大統領指揮下の治安部隊よりも地方政府に任せていた。棍棒を持った地方の警察や村の監視員がたまたま、大統領が望むような力を発揮してきたのであり、それは全くの偶然だったのである。実際は地方の顔役、フィリピンの例で言えば、市長やプランテーション所有者、武装反政府勢力あるいは警察と通じる麻薬ギャングなどが自分の利益のために好き勝手をしているのであり、ドゥテルテ大統領も含むマニラ在住の有力者からの指図は無関係だったのである。

フィリピンでもインドネシアでも、密集したスラム街での巣ごもり生活によってウイルスがさらに拡散した。また両国とも列島間の輸送に頼っており、それが効率的な検査と接触者の追跡に負担を科しているが、国としての対応は一貫性に欠け、いかにも非効率だった。しかもジョコウィが専制的手法の取り入れを強めているなかで、こうしたことが起きていたのだ。

4月、警察のトップはサイバーパトロールを指示し、パンデミック対策を批判する者を逮捕した。8月初旬にジョコウィは、法令によって社会的距離その他の公衆衛生上の施策の全国規模での実施を命じたが貫徹できなかった。官僚たちは国家資金の乱用として非難されるのを恐れて、困窮者の現金給付に臆病になっていたのである。ジョコウィの公衆衛生と経済活動のバランスを取ろうとする「新常態」は、どちらの役にも立たないというリスクがあるのだ。

ドウテルテ氏と同様にジョコウィは、大統領令の効力は限定的で、そのため個人的なルールのみを通して行う政治制度を引き継いでいる。それにもかかわらず、ドゥテルテ氏もジョコウィも制度を見直して、もっと効率的で責任ある政府を導入しようとしていない。有権者もまた、そうしたことを強く求めていない。パンデミックの費用が余りに甚大なことに恐れをなし、次に持ち越そうとしているのだろう。しかし、そういうことに期待しない方がよいだろう。両国民の多くは、良きにつけ悪しきにつけ、強い指導者を好むからだ。

以上のように記事は、インドネシアとフィリピンは政治のためにコロナウイルスの感染拡大が防止できていないと主張し、インドネシアのジョコ大統領とフィリピンのドゥテルテ大統領の性格や人となりと共に感染防止策や執行状況を分析。両者の違いを指摘しつつ、政策効果が挙がらない理由を説明する。ここで注目されるのは、コロナ対策に臨む指導者を4グループに分けていることだろう。脅威を無視、強健手法で対応し成功した、バランスを取って対応、強権手法で対応し失敗という4つに分類し、ジョコウィとドゥテルテを最後のグループに入れている。またドゥテルテには犯罪者に対して情け容赦なく接するイメージがあるが、記事は地方警察や顔役と目される人物が好き勝手に行っているだけと伝えているのも注目される。ただしドゥテルテもジョコウィも制度を見直し、もっと効率的で責任ある政府を構築しようとせず、有権者もまた、それを強く求めていないという最後の指摘が問題の根深さを明示しているといえよう。

インド

政府、新たな不良債権対策を打ち出す

9月2日付ワシントン・ポストは「India Has a New Plan to Tackle $140 Billion in Bad Loans (インド、新プランで1400億ドルの不良債権に取り組む)」と題する記事で、インドがパンデミックのために20年ぶりの高水準に急増した銀行の不良債権に取り組む新たな計画を立てていると伝える。記事によれは、モディ首相は不良債権の大半を抱える国有銀行を救済し、縮小する経済に信用を供給するために資金の捻出に奮闘している。またリスク債権はテレコムと公益事業という経済低迷に弱い2分野に集中しており、経済が減速するなか不良債権化する危険が高まっている。

新プランの内容について記事は、今年初めインドがパンデミックに襲われた際、インド準備銀行(中央銀行)は8月末まで銀行借入金の返済猶予を承認し、これにより融資残高の31%に相当する借入人が当初この案に応じたと伝える。その後、ビジネスが漸次再開され、かつ返済猶予は結果的にコスト増を招くことが理解されるに伴い、この割合は18%に縮小し、焦点は準備銀行が認める一括の債務再編(リストラクチャリング)に移り、銀行は返済停止を伴うか否かを問わず、2年間もの支払い延期を認め、21年6月までにそうした債務再編の対象となる融資を決定し、かつ引当金の増額も必要とされることになったと報じる。

記事は、このタイミングで計画が立てられた理由について、金融システムが1400億ドルの不良債権とシャドー・バンキングの流動性危機によって弱体化しているなかでパンデミックに襲われ、しかもモディ首相が3月に導入した世界で最も厳しい都市封鎖(ロックダウン)によってビジネス活動が崩壊、経済が過去40年間で最大となる縮小が見込まれる事態となったことを挙げる。準備銀行のストレステストの結果によれば、不良債権比率は今年3月の8.5%から21年3月までに12.5%へ増加するとみられ、民間のアナリストの中にはさらに上昇すると警告する者もいると報じる。

さらに記事によれ不良債権の多い業界のトップは、不払いが多発するテレコム業界で全体の3分の1を占める。公益事業は電力需要の落ち込みで打撃を受けている。また企業別にみると、S&Pグローバルのインド法人が2300社の非金融会社について実施した調査によれば、返済猶予に応募した企業の75%は非投資適格企業であった。きびしいロックダウンによって被害を受けた企業の20%は返済猶予を利用し、これには宝石、ホテル、公益事業、資本財取り扱い企業などが含まれていた。

こうした対策が問題解決に役立つかどうかについて、記事は、役に立たないかもしれないが時間稼ぎにはなろうと述べ、スタンダード・チャータード銀行の過去のデータによると、リスケされた債務の約70%は不良債権化するとされているが、今回は条件が厳格なため不良債権化は50%近くに止まるとみていると伝える。

記事は最後に、こうした不良債権を抱えた銀行業界の今後のリスクについて、自己資本比率が3月末に一年前の14.6%から11.8%に低下し、最低必要率(ミニマム・リクワイヤメント)の9%に近づくと予想する。これに備えてコタク・マヒンドラ銀行やICICI銀行などの主要民間銀行は資本市場から資金を調達しているが、大半の国有銀行は政府頼みであり、その政府も既に資金難の状態にあるため、今年度の資金支援は望み薄だと報じる。そうしたなか、インド経済は今年4~6月期に年率で23.9%も縮小、このためモディ政権は経済再生のために、国有銀行に対して中小企業への融資を増やすよう圧力をかけていると伝える。

以上のように、パンデミックにより経済が急減速するなか、巨額の不良債権を抱える金融システム救済のために、政府は返済猶予や債務再編などからなる新不良債権対策を打ち出さざるを得なくなった。こうしたリスク債権は、テレコムと公益事業の2分野に集中し、経済が減速するに伴い、不良債権化する危険が高まっていると報じられている。銀行の不良債権比率も当然、今後上昇すると見込まれ、民間大手銀行は資本増強のために市場からの資金調達で対応しているが、国有銀行は政府頼みで自己資本比率の低下が避けられないとみられている。また新対策は時間稼ぎ程度の効果しか期待できないとも指摘されており、引き続き不良債権と金融システムの動向を注視していく必要がある。


安倍首相の唐突な退任と後継者への厳しい注文

主要紙の社説・論説から

8月28日、安倍首相は記者会見の場で辞任の意向を表明した。健康上の理由からであったが、余りに唐突な辞任表明だったため市場に衝撃が走り、海外メデイアも一斉に報道し論評した。以下にそうした論調の幾つかの要約を紹介する。

要約:メディアはまず、安倍首相の辞任は日米双方にとって損失だと論じる。その功績として、日本を普通の国とするために推進した国内改革、戦後の平和主義から先見的な防衛と積極的な外交への転換、トランプ米大統領を含む同盟諸国首脳との良好な関係維持、攻撃的な中国の抑止と北朝鮮の核兵器封じ込めの努力などを挙げる。経済的遺産としては、超金融緩和、企業統治、移民規制の緩和などの政策を挙げる。

ただし在任が歴代最長という潤沢な時間があったにもかかわらず、気の遠くなるような未完の仕事を残したと批判し、そうした課題として、税金と規制改革、2度の消費増税による後退した経済の再生、競争力を高める構造改革、女性のための機会拡大などの政策を列挙、さらに起業やイノベーションを妨げる諸規制、年功序列制度、多くの若者が従事する非正規労働などを挙げて改革の必要性を訴える。また政権初期にとりあげた性別による賃金格差への対処や女性に安定したキャリアを発展させるに足る柔軟性や育児支援の提供なども成果は限定的であり、日本の企業文化を変えるために強力な指導者が必要だと主張する。

その一方で、安倍首相の誇るべき遺産は大胆さにあり、官邸へ権力を集中し、慎重な官僚国家である日本に過激な新経済政策を体験させたと評価する見方も示す。大量の国債購入にもかかわらず2%のインフレ目標を実現できず、特に2度の消費増税が債券購入の効果を減殺したが、それでも円安が一因となり経済成長と雇用は安倍時代に向上し、懸念されていた債務危機も起きなかったと述べる。また日本社会をリベラルな姿勢へ推し進め、潜在的な労働力増強の必要性を理解し、そのためにウーマノミクス政策を推進、女性を歓迎する職場作りに努め、さらに移民をゲストワーカーとして招き入れたと指摘する。

外交政策のテーマも日本を普通の国にすることだったと述べ、自衛隊の能力増強、米、豪などとの同盟関係の強化、特に保護主義者で対日貿易に懐疑的だったトランプ米大統領との早期の関係緊密化を成果として挙げる。さらに自衛隊の軍事的能力の強化とEUや米離脱後のTTP残留国との自由貿易協定締結に言及し、日本の地政学的地位を高揚させたことが最も劇的な成果だと評価する。また外交政策にも開かれた姿勢で臨み、国内よりも誇るべき実績を上げたと言えると述べ、EUとの貿易協定締結、トランプ米政権が撤退したTTP協定を環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定として再生させたこと、まもなく合意に達する見込みの対英貿易協定などを挙げ、安倍氏は日本を自由で、法に基づいたグローバルな秩序の強力な擁護者として構築したと評価する。

しかし憲法改正の失敗で、地域における軍事的責任の拡大についての国民の合意を取得できず、さらに韓国の従軍慰安婦問題への対応で躓いたと批判し、北方領土返還、北朝鮮拉致被害者の救済などの問題も未達となり、政治的資産の無駄遣いとなったと指摘する。ただし安倍氏の外交と軍事的意志は、中国が地域内で拡張主義を続けるなか、日本にとって役に立つだろうと論じ、同時にこれらの失敗について、コロナウイルスへの対応と共に記者会見の場で謝罪したことを挙げ、こうした廉直さと謙虚さを米大統領も学ぶべきだと論じる。

安倍後の政権については、安倍氏が登場するまで日本は不安定な政局が続いており、安倍後の日本のリスクとして、不安定な政治の下で過去に深刻な停滞を招いた官僚制が再び力を取り戻すことを挙げ、安倍時代の特筆すべき大胆さを継承すべきだと強調する。有力後継候補とされる菅官房長官を日本の「修理屋」、安倍首相の右腕で熟練した裏方と評されていると紹介。カリスマ性では劣るが、安倍氏の最大のライバルである石破氏の挑戦を退けるとみられると報じ、理由として党総裁選挙が衆参両院議員と都道府県代表者によって行われ、一般党員が除かれたことを挙げる。菅氏は外交の専門家でなく、安倍氏のような国際舞台での地位も持ち合わせていないが、安倍氏の外交路線を継承し、米国との同盟関係の強化と対中関係の改善に努めるだろうと論評する。

日本外交の要となる対米外交に関しては、ウォール・ストリート・ジャーナルは中国の軍事的拡大への対処や在日米軍の費用負担協定の更新を控えて、安倍氏を失うのは最大のリスクの1つになると指摘。安倍首相の功績として、日米同盟強化による中国への対抗努力、対米支援のための自衛隊への新権限授与、豪、印など他の主要民主国家との地域的な同盟関係の構築主導、「自由で開かれたインド太平洋」の提案などを挙げる。菅氏は外交経験に乏しいが訪米経験もあり、首相に選出されれば、ただちにトランプ氏との関係構築に動くだろうと述べ、日本の対米姿勢に変化はないだろうと論じる。ただし問題は、安倍氏のような創造性や個人的信念を発揮できるかどうかだと指摘し、さらに新指導者は防衛問題でかじ取りを直ちに迫られ、米ミサイル防衛システム導入計画に代わる独自の能力開発の必要性や在日米軍駐留経費分担問題を挙げる。日本は中国の脅威を警戒する一方で、対中関係の安定にこれまで努めてきたが、米大統領選後には、突然の米中対立の激化や休戦への方向転換など予想外の事態に備えるべきだと提言する。

結び:以上の論調を整理すると、メディアは安倍政治の特質を、日本を普通の国とする努力、大胆さ、潤沢だったが不十分な時間などと表現する一方、多大な功績を残したと評価し、それ故に辞任は日本や米国にとって損失になるが、同時にやり残したことも多く、後継者は気の遠くなるような正と負の遺産を引き継いだと総括する。国内政策ではアベノミクスについて、大胆な超金融緩和とそれによる円安効果によって経済再生にある程度成功したと評価するが、構造改革は道半ばで多くの未完の仕事を残したと指摘する。

ここで注目されるのは、この構造改革推進への提言と官僚制復活への警戒感であろう。
対外政策では、米国を始めとする同盟諸国との関係強化に努め、米国が撤退した自由貿易の分野でアジアと世界を牽引し、台頭する中国に対抗したとメディアは評価するが、防衛分野などで米大統領選後の予想外の状況変化に注意すべきだと警告する。そのうえで、こうした安倍政権の遺産を引き継いで、後継者が未完の分野を達成することに期待を表明。安倍首相の後継者として浮上した菅官房長官を安倍政権の裏方で熟練した修理屋と評されているとして歓迎するのは、こうした見方の延長線上にあるといえる。ただし、ここでも後継者は外交防衛問題で資質が問われると問題提起しているのが注目される。

上述のようにメディアは、安倍辞任問題に相当の関心を示し、かなりのスペースを割いて報道して論評している。それはまた安倍首相の内外に渡る活躍が良きにつけ悪しきにつけ、相応の影響力を残し、ひいては日本の世界における存在感の向上に結びついたためと言えるかもしれない。現にメディアの一部は、安倍氏が日本の地政学的地位を高揚させたと評している。後継者は海外メディアからも厳しい期待と注文を突き付けられ、まさに内外の幅広い分野全般で試練にさらされているといえよう。

(主要トピックス)

2020年
8月16日 タイの首都、バンコクで反政府集会、経済低迷で14年の軍事クーデター以来の最大規模へ拡大。
   17日 シンガポール政府、5度目の景気対策を発表。
      19日 タイのプラユット首相、官民組織「経済状況管理センター」を新設し統括。
      20日 タイ政府、デモ沈静化を狙い、新型コロナ非常事態宣言を9月末まで延長。
   24日    米国と中国が閣僚級貿易協議を電話開催、第1段階合意に「進展」ありと米政府、発表。
                 韓国政府、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を維持。破棄通告期限の24日までに通告なし。
      26日 中国軍、南シナ海に向けて中距離弾道ミサイル4発を発射。米偵察機を牽制。
      28日 安倍首相、体調不良で辞任を表明。
      29日 日米防衛相、米領グアムで会談、中国による東・南シナ海の現状変更を認めないことで一致。米軍の日本防衛義務を定めた日米安全保障条約の尖閣諸島への適用を再確認。
       韓国与党「共に民主党」、党大会で知日派の李洛淵(イ・ナギョン)前首相を代表に選出。
   31日 チェコ代表団、台湾を訪問。
9月  2日 韓国の保守系最大野党「未来統合党」、党名を「国民の力」に変更。
  3日 韓国政府、コロナウイルス経済対策の財源確保のため新ファンド創設を発表。20兆ウォン(約1兆8000億円)の確保を目指す。
  4日 日本外務省の滝崎アジア大洋州局長、韓国の李度勲(イ・ドフン)朝鮮半島平和交渉本部長と電話会談、北朝鮮問題で協力継続を確認。
  5日 北朝鮮の金正恩委員長、台風9号の被害を受けた北東部の咸鏡南道と咸鏡北道を視察。
  7日 インドのコロナウイルス累積感染者数、420万人に達しブラジルを抜き世界2位へ。米ジョンズ・ホプキンス大の集計。
  8日 日本の自民党、安倍首相の後継を決める総裁選を告示。石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長の3人が立候補。
  9日 東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の外相会議、開幕。日米中韓など域外国も参加。ベトナムが議長国。
   11日  日本政府、シンガポールとの往来を短期のビジネス目的に限り再開することを決定。
     12日   海上自衛隊、護衛艦とイージス艦が米領グアム周辺の海空域で12~13日、米韓豪の海軍と共同で戦術訓練を行うと発表。
                  ASEAN地域フォーラム(ARF)、開催。
   14日  日本の自民党、菅官房長官を党総裁に選出。

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名)THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、GUARDIAN (ガーデイアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。

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