2020年全米図書賞で注目を集めたロングリスト作品

世界の出版事情

各国のバベル出版リサーチャーより 第30回

柴田きえ美(バベル翻訳専門職大学院在学中)

すっかり寒くなりましたが、日本の皆様はいかがお過ごしでしょうか。

私の住む地域は、カリフォルニアの中でも最も制限の厳しい紫色層指定へと2ヵ月ぶりに逆戻りし、夜間外出禁止令が発出されました。

もともとインドア派の私ではありますが、最近はコロナの影響により、書店や図書館に足を運んでぶらぶら散策することができなくなりました。

ずらりと並ぶ本を受動的に眺め、ふと目に着いた素敵な装丁の本を手に取ってみる、という機会は当分ないのかもしれません。

そんな世情ではありますが、先月18日、全米図書賞(National Book Awards)の受賞作品が発表されました。

1950年から始まった全米図書賞は、歴史も古く、世界的にも注目度の高いアメリカの文学賞です。

小説・ノンフィクション・詩・児童文学の4部門に加えて、2018年には1984年以降中断されていた翻訳文学部門が復活しました。

34年ぶりの翻訳文学部門は、ドイツ在住の日本人作家、多和田葉子さんの小説『献灯使』(英タイトル” The Emissary”)が受賞したことが記憶に新しいと思います。

そして、今年の翻訳文学部門受賞作品は、柳美里さんの『JR上野駅公園口』( 英タイトル"Tokyo Ueno Station")でした。

こうした文学賞のニュースは、オンライン書店や図書館のウェブサイトで特集を組まれるので、おのずと目に留まります。

受賞作品はもちろんのこと、ロングリストやショートリストにノミネートされた作品も話題の本として注目を集めます。

そこで今回は、惜しくも受賞には至らなかったものの、ロングリストにノミネートされた作品の中から、カリフォルニアに関わりの深い著者や作品をご紹介します。

良く知っている身近な地名が作品に登場すると、雰囲気を想像しやすく、何よりわくわくしてしまいます。

 The Vanishing Half (2020)
著:ブリット・ベネット
邦訳なし

作品について

50年代ルイジアナ。南部にある色素の薄い黒人たちのコミュニティーで生まれた双子のデズリーとステラは、常に二人一緒に、同じように育った。しかし、16歳のとき、二人は故郷の町から逃げ出し、そこからは二人が全く違う人生を歩むことになる。肌の色が薄いことから、ステラは白人として過去をひた隠しにして生きる決意をする。白人の夫と結婚し、娘が生まれ、恵まれた環境で暮らすステラ。一方のデズリーは、特に肌の色が濃い黒人男性と結婚し、同じく娘をもうけていた。しかし、夫の暴力に耐えきれず、生まれ育った町に娘を連れて戻ってくることになる。やがて娘のジュードは、カリフォルニアの大学に進学することになる。双子がそれぞれ別の土地で、違う環境で産み育てた娘たちの物語が交錯する時、何が起きるのか。人間の「自己」とは何なのか? 生まれ育った環境がもたらすものとは? 

著者

南カリフォルニア出身。スタンフォード大学を卒業後、ミシガン大学でMFAを取得。ホップウッド修士短編小説賞及びハーストン・ライト賞を2014年に受賞。デビュー作の『The Mothers』は、ニューヨークタイムズ・ベストセラーとなった。

 Caste: The Origins of Our Discontents (2020)
著:イザベル・ウィルカーソン
邦訳なし

作品について

本書では、キング牧師、野球選手でシングルファーザーのサッチェル・ペイジ、著者自身を含む多数の実話を引き合いだし、アメリカの歴史を通して今日まで確かに存在する隠れたカースト制度をあぶり出している。人種や階級、その他の要素を超えて、人々の生活や行動、そして国の運命に影響を及ぼす強力なカースト制度は未だ存在している。アメリカ、インド、ナチス・ドイツのカースト制度の関連性を指摘し、根底にある8つの柱を追求する。かつてナチスは如何にしてアメリカの人種システムを研究し、ユダヤ人の追放を計画したのか。カースト制度において、残酷にも、中流に位置する人々が下を見て自分の位置を測るために下層は存在している。また、うつ病や平均寿命といった健康面での影響も無視できない。アメリカが今後、こうした人為的な人間の分断を乗り越えて、人類共通の希望に向かって進むための道を示す。

著者

アメリカ人ジャーナリストであるイザベル・ウィルカーソンは、アフリカ系アメリカ人の女性として初めてピューリッツァー賞ジャーナリズム部門を受賞し、ナショナル・ヒューマニティ・メダルも受賞している。20世紀に南部のアフリカ系アメリカ人が北部へ大移動した際の様子を描いた『The Warmth of Other Suns』(2010)では、ニューヨークタイムズ・ベストセラーとして高い評価を受けた。

 The Galleons (2020)
著:リック・バロット
邦訳なし

作品について

リック・バロットはおよそ20年に渡り、優れた抒情詩を書き綴っている。オーストリアの詩人ライナー・マリア・リルケを思わせる細やかな気づきをもって、我々を取り巻く層状の世界を表現する。本作では、大きな歴史と植民地主義の余波の中で、自身のフィリピン系アメリカ人家族の移民の旅を言葉で紡ぎ出している。祖母が語った物語や愛犬の写真なども収められている。

著者

リック・バロットはフィリピンで生まれ、サンフランシスコのベイエリアで育った。本作『The Galleons』の前に3つの詩集を出版している。その内『Want』は2009年グラブストリート全米図書賞を受賞した。

 Cemetery Boys (2020)
著:エイデン・トーマス
邦訳なし

作品について

キューバとメキシコのハーフでトランスジェンダーの少年、ヤドリエルは、昔気質の家族に自身の性自認について、告白しようと決意する。しかし、家族は、ヤドリエルの本当の性別を中々受け入れてはくれない。そこで自身が魔術師である事を証明しようと、従兄弟であり親友でもあるマリツァーの手助けを借りて降霊術を執り行った。殺された従兄弟の幽霊を呼び出したはずだったのだが、学校一のワル、ユリアン・ディアスを呼び出してしまった。一体自分に何が起きたのかを知るまでは、死ぬに死に切れないといい、全然消えてくれないユリアンの幽霊。否が応でもユリアンに付き合うハメになったヤドリエルの運命やいかに。パラノーマル、ミステリー、ロマンス、それとおばあちゃんの美味しい料理の描写が読者を惹きつける、ヤングアダルト小説。

著者

エイデン・トーマスは、カリフォルニア州オークランド出身。ミルズ大学でクリエイティブ・ライティングの修士号を取得。若いころはまるで第二の家のようにマウンテンビュー墓地で時間を過ごすことが多かったという。同性愛者でラテン系のトランスジェンダーとして、様々なメディアを通じて多様性を強く奨励している。


【プロフィール】
柴田きえ美
カリフォルニア在住。2017年1月からバベル翻訳大学院生としてリーガル翻訳を勉強中。これまでに4冊の翻訳出版に参加。JTA 公認リーガル翻訳能力検定試験2級を取得し、フリーランスで翻訳をしながら課題にも取り組む。