【特別特集】反人種差別、暴動に想う~人種差別をどう考える

人種差別をどう考える、どう翻訳する

加藤 仁美(バベル翻訳大学院修了生)

2012年の春、バベルを修了した後、かたっぱしから翻訳者募集のトライアルを受験した。「翻訳の学習経験があります」で終わるのは嫌だった。けれども結果は不合格の連続だった。

下手な鉄砲も数撃てば…ということわざがあるが、某ニュース記事の和訳翻訳者のトライアルに合格したのはまったくの幸運だった。2012年7月から毎週3本ぐらいのペースでニュース記事の和訳を担当した。そしてこの仕事は4年続いた。

何しろ記事翻訳の経験がない素人翻訳者である。校正担当者の指示をSkypeで聞きながら一度提出した訳文を3回、4回と書き直したこともあった。「読み捨てられるような訳文は持ってくるな」厳しい指示が毎回出される。わたしは実に迷惑な翻訳者で現場の皆さんにずいぶん育ててもらったと感謝している。

当時、訳文のクオリティを高めたくて始めたことが2つある。1つは日本語の新聞を1週間に1度は隅から隅まで読むこと。もう1つは海外で発生した事件を日本語だけでなく英語でも読むことだった。わたしは海外で暮らした経験がない翻訳者である。視野を広めたい思いがあった。この2つは今も続けていて、海外の大きなニュースは時間が許す限り日本語と英語の両方で確認するようにしている。

同じ頃、ある米国人が言ってくれたことで今も覚えている言葉がある。「きみは世界でも有数の難解な言語と言われている日本語を持っているじゃないか。日本語は漢字、ひらがな、カタカナという3つの文字を使いわける複雑な言語だ。そのことをもっと誇りに思うべきだ」

日本語の可能性とはどのようなものだろう。英語と異なり、日本語は文章の最後まで行かないと意味が分からない場合がある。わたしの個人的な意見だが、漢字は名詞など何らかの概念をあらわしていて、そのあいだにひらがなが入って概念をつないでいくように思う。

現在、機械製品や医療機器の取扱説明書の和訳の仕事をしている。数千語から数万語におよぶ原文の全文を通読してから  翻訳をスタートするが、英語の単語は記号のように感じられることがある。

日本語は、日本の豊かな自然のなかで日本人が作りあげた繊細な表情を持った言語だと思う。言葉の表面ではなくて、その裏側に入り込んで訳してみたいといつも思っている。

5月末にジョージ・フロイドさんの事件をNHKのニュースで知った後、英文記事も読んでみた。記事翻訳の仕事は終わってしまったが、わたしならこの英語はどのように訳しただろうなどと考えていた。

SNSが発達した現代では瞬時に現場からの情報が拡散される。ニュースは言葉、写真、映像といったツールで構成される。黒人男性が死亡した事件に関して現地からの生々しい写真や動画、差別への抗議の声、事件背景の解説など、さまざまな切り口の記事をたいへん興味深く拝見した。

世界には差別や争いが氾濫している。悲しい事件や憤りを感じる事件も多い。人はなぜ、お互いの違いを尊重できないのか。なぜ差別をしてしまうのかという疑問が精神心理学のテーマとしても論じられているようだ。さまざまな意見がある。差別の背景に人間の心の弱さ、偏った見方、異なる価値観のぶつかり合い、民族、歴史、宗教など数えきれないほどの項目が関係しているとわたしは思う。対立するどちら側にも理由があり主張がある。

差別は深くて重いテーマで、おそらく人間社会が形成されたときからこの問題はずっと付きまとってきたのではないか。日本社会にも深刻な差別はあると思うし人種差別が米国だけの問題だとも思わない。

差別する側、差別される側、差別に関する記事のなかで様々な  問題が複雑に絡み合っている。どんな場合でも、翻訳者は原文の言わんとすることを確実に掴む必要があると考えてきた。

差別問題だけでなく、中東問題、中国と香港、米国の大統領選挙など、いずれも対立する価値観がぶつかって問題が提起されている。

「客観的な視点で訳出してください」と言われることがある。客観的視点はとても難しいと思う。翻訳者は、原文を訳すことを通して、結局現実と向き合うわけだが、原文を追っていくなかで翻訳者の感情を訳語に込めすぎないように注意している。加えて、読者に現実が伝わるだろうか、ということをいつも心に置いている。

【プロフィール】
加藤 仁美 2012年バベル翻訳大学院(USA)修了。2011年『スモールミラクル~67の小さな奇跡~』をバベル出版から共訳。2019年、「アメリカが見た中島飛行機」(東京都武蔵野ふるさと歴史館)米国国立公文書館資料の翻訳に参加。機械工業、ビジネス、ノンフィクションなど実務翻訳を中心に現在も翻訳を続けている。