説明
幻肢、幻覚、妄想の奇妙で切実な症例
「棺に納めてほしい。自分はもうすでに死んでいるから」
――コペンハーゲンの高齢の女性、1686年
「恐ろしいことが起こったんだ。断頭台の上で自分の頭をなくしちまったんだよ」
――フランスの時計職人、19世紀
「自分の体が完全に空洞だ」
――オランダ、タバコ農家のキール、1835年
「ちょっと左のふくらはぎをさすってくれないか、頼む」
――南北戦争で両脚を失い、意識を取り戻したときのデドロウ、1863年
「自分こそがイエス・キリストである」
――イプシランティ州立病院の三人の精神病患者、1950年代
「頭のなかが ただ空っぽで、おれには脳がないんだ」
――イングランドの水道メーター設置工ハリソン、2013年
頭をなくした男、
ないはずの腕が痛い、
私はもう死んでいる……
切断した腕がまだあると感じる「幻肢」、いまの頭は他人のものだと主張する「頭をなくした男」、亡くなった家族をふと見かけたり、声を聞いたりしてしまう「悲しみの幻視」、自分がもう死んでいると確信すると確信している患者など、妄想や幻覚を通して、人間の心が持つ意外な柔らかさと創造力を魅力的な語り口でていねいに描く。
そもそも自分とは、何を指して「自分」と呼ぶのだろう。
「ないはずの腕」が痛む。亡くなった家族を見かけたり声が聞こえる。自分の頭が他人の頭と入れ替わった。わたしはすでに死んでいる――。幻肢、妄想、幻覚の奇妙で切実な症例から、心と脳の深層に迫る傑作ノンフィクション。






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